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Munich
4年に1度開催される世界最高峰のスポーツの祭典・オリンピックには、皆さんそれぞれに記憶に残る名勝負があると思いますが、私自身最も印象深い大会といえるのが、今から45年前の今日・1972年8月26日に開幕した

 第20回ミュンヘン・オリンピック

勝利の栄光や奇跡的なプレー、そして歴史に残る悲劇が起きた大会でした。


1964年の東京大会に続き、第二次世界大戦の敗戦国である西ドイツで開催された同大会では、日本選手団は金13・銀8・銅8のメダルを獲得。

特に当時黄金時代を迎えていた体操では、団体4連覇を達成すると共に、個人総合・鉄棒・平行棒では金・銀・銅を独占。

そして世界の度肝を抜いたのが、鉄棒で塚原光男選手が成功された〝月面宙返り〟。

       

当時は超ウルトラCだったのですが、今では10代の学生選手でも普通に取り入れていることに、時代の変化を感じます。

またこの大会前に『ミュンヘンへの道』というテレビ番組を通して日本人の期待を一身に背負った松平康隆監督率いる男子バレーボールチームが、準決勝のブルガリア戦でまさかの大苦戦。

2セットを連取され第3セットもリードを許す絶体絶命のピンチから奇跡の逆転勝利。


    

個人的には今まで観戦したバレーボールではベスト・ゲームと断言できるこの試合を制した日本チームが、その勢いのまま決勝でも東独を破って金メダルを獲得した瞬間は、思わず涙ぐみました。

そして日本は関係なかったものの、当時中学生でバスケットボールに熱中していた私が大変ショックを受けたのは、常勝王者のアメリカがオリンピックで初めて優勝を逸したこと。

決勝戦でソ連と大接戦を演じたアメリカが1点差で逆転勝利・・・と思われたところ、審判団の判断で残り1秒を3秒に修正して試合を再開させられ、結局エ反対側のエンドラインから投げ込まれた超ロングパスをソ連の長身選手アレクサンドル・ベロフがゴール下でキャッチ。

アメリカ選手を振り払ってゴールを決めて奇跡の逆転勝利を収めたのです。

    

当然アメリカは猛抗議したものの、結局覆らなかった判定を不服として表彰式をボイコットし、銀メダルの受け取りを拒否。

今でもこの銀メダルはミュンヘン市役所の金庫に眠っているそうですが、同時に決勝ゴールを決めたベロフ選手はこの試合から僅か3年後に心臓疾患で急死。

当時ドーピングの影響を疑われたことでも、印象に残るゲームでした。

そして世界中の人々がこの大会を記憶しているのは、大会期間中の9月5日にパレスチナ・ゲリラが選手村に侵入しイスラエル選手9人を人質にして立てこもったテロ事件が起きたからでしょう。


    

結局ドイツ当局とテロリストの間で銃撃戦となり、人質9人全員とゲリラ5人、警官1人が死亡する大惨事に。

翌日にはメインスタジアムで追悼セレモニーが執り行われました。

半旗が掲げられたスタジアムにベートーヴェンの交響曲第3番の第二楽章〝葬送〟が悲しい響きで流れたことも、忘れられません。


    

この事件のため大会中止を望む声もありましたが、当時のブランデージIOC会長が


「オリンピックはテロに屈しない」


と力強く宣言し、大会は9月11日まで続行・・・そのおかげで、私たちは男子バレーの奇跡の金メダル獲得を観ることができました。

このテロ事件に関しては、S・スピルバーグ監督がメガホンを取ってイスラエルの諜報機関〝モサド〟がテロ組織〝黒い九月〟に復習を果たす映画 『ミュンヘン(Munich )』 を制作、2005年に公開しています。

       

007シリーズで活躍したダニエル・クレイグがモサドの一員を演じているこの映画・・・イスラエル側は否定していますが、大筋でノンフィクションと言ってよろしいかと。

華やかなスポーツの祭典の裏で起きているテロと報復劇に、東京五輪の開催を3年後に控える私たち日本人は、目を背けるべきではないでしょう。うー


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