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怪 挙

今からちょうど30年前の今日・・・巨人ファンにとっては悔しく、そして中日ファンにとっては痛快極まりないナイターが行われました。


ドラゴンズのルーキー、


 近藤 真一  投手


が、プロ初登板でノーヒット・ノーラン達成という空前絶後の快記録を達成したのです。


両チームのファンならずとも、中年プロ野球ファンなら殆どの方が 「あぁ、あの試合ネ!」 と覚えていらっしゃるのではないでしょうか。


1968年に愛知県一宮市に生まれた近藤選手は、享栄高校のエースとして春・夏の甲子園に出場し、超高校級の逸材として注目されました。


1986年のドラフトで5球団から1位指名を受け、星野仙一監督(当時)が見事クジを引き当てて地元・中日入りを果たします。


そして翌1987年8月9日・・・ナゴヤ球場で行われた対巨人戦で登板。


         


〝初モノに弱い〟とはいえ、相手は天下の巨人。 


しかし彼は臆することなく適度に荒れたストレートとカーブだけで強力打線を抑えていきます。


そして、あれよあれよという間に9回を投げ切り、2四球・1失策でランナーを出したのみのノーヒット・ノーランを達成!


プロ初登板・初先発でいきなりのノーヒット・ノーラン達成は、無論史上初・・・しかも高卒ルーキーでの〝怪挙〟は、おそらく今後2度と目にすることが出来ないのではないでしょうか。


その日TV中継を見ていた私は巨人ファンだったとはいえ、そのあまりに見事なピッチングに、正直やられた悔しさを通り越して思わず 「天晴れ!」 と拍手したことを覚えています。


  https://www.youtube.com/watch?v=p4r4Z59WOe8


もっとも、この風貌ですからねェ、対戦相手には10代の高卒ルーキーとは思えなかったでしょうけど・・・。あせあせ


         


この試合の後の阪神戦でも1安打完封勝利をあげた近藤投手は、その年4勝。


年末の紅白歌合戦にもゲストで出演するなど、知名度はすっかり全国区に。


翌シーズンは更なる活躍を期待され、背番号も 〝13〟 から〝1〟 に変更・・・しかしそれが災い(?)したのか、シーズン後半に肩を故障。


翌年に肩を、そして更に2年後にはヒジの手術を施したものの遂に完全復活を果たすことなく、1994年に現役引退を余儀なくされました。


高卒でまだ十分な身体が出来ていないうちにローテーション入りしたこと、またフォームが上半身の筋力を主体にした力投型であったことが、故障の要因だったといわれています。


通算成績は、6シーズンで52試合に登板し12勝17敗、防御率3.90・・・記録は平凡でしたが、プロ野球ファンの記憶には鮮烈に残る選手だったことは間違いないでしょう。


現役引退後は、中日のスカウトとして活躍し、抑えの切り札である岩瀬投手を発掘。


その岩瀬投手が同じ背番号 〝13〟 をつけて活躍しているところに、何とも言えぬ因縁を感じます。


そして、現在は1軍投手コーチ。(名前は真市に改名)


           


自ら経験した〝天国と地獄〟を生かして、これからも優秀な若手投手の育成し、現在5位に低迷するチームを立ち直らせて欲しいもの。

余談ですが、彼の息子・弘基クンも現在中日ドラゴンズの外野手。

昨年プロ1軍デビュー戦がやはり巨人戦で、いきなり3安打。

親子とも何かを持っているようですが、弘基選手には親父さんより長く活躍して欲しいですネ。
野球ボール


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