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同 族

皆さんも、子供の頃はこの会社ば発行する雑誌を読んで育ったはず。

その日本最大級の出版社、

 小 学 館

が創業したのが、今から95年前の今日・1922(大正11)年8月8日のことでした。


創業者は、相賀 武夫(おうが たけお)氏。


         

1897(明治40)年、現在の岡山市に庄屋の息子として生まれた相賀氏でしたが、生家が没落したため小学校卒業後は書記見習として農学校に就職し、2年後に岡山市の吉田書店に転職。

そしてその2年後の1914年に同書店が東京に出張所を新設し、その主任に命じられて上京したことが、彼の運命を決しました。

 


23歳で結婚した彼は、一大決心・・・吉田書店の店主の了解を取り付けて、神田に 『小学館』 を創業し、『小学五年生』・『小学六年生』を創刊。

社名の由来は、創設時に小学生向けの教育図書を主に取り扱っていたからだそうですが、翌年に起こった関東大震災で大きな被害を受けたにもかかわらず出版を続け、社業を発展させました。

そしてちょっと驚くのは、現在 『少年ジャンプ』 など人気漫画雑誌などを出版している、小学館から見ればライバルといえる集英社を1926年に娯楽図書部門として分離独立させたのも、相賀氏ご本人。

現在も、小学館本社ビルの隣に集英社本社が建っているんです。


    

        中央が小学館本社ビル その右に集英社・本社ビル


しかし会社の急成長に伴い過労が祟ったのか、武夫氏は1938(昭和13)年に42歳の若さで死去。

その後を継ぎ、弱冠13歳(!)で2代目社長となったのが、長男の相賀徹夫氏。

この若社長が、実質的に小学館を大会社に発展させた功労者でした。

東京帝大・文学部で和辻哲郎氏に師事した彼は、在学中の1945年に小学館を株式会社に改組すると、1947年に大学を中退して家業に専念。

焼け跡で観た紙芝居に感動し、当時休眠中だった集英社から 『少年王者』 を出版して大ヒットを飛ばし、同社は事業を再開。

『少年サンデー』(1959年)、『女性セブン』(1963年)、ビッグコミック(1968年)、『週刊ポスト』(1969年)など、現在まで続くロングセラー週刊誌を出版し、1992年に迎えた創業70周年を期に長男の相賀昌宏氏にその座を譲るまで、半世紀以上にわたってそ社長として陣頭指揮を執り続けました。

         
                  2代目・相賀徹夫氏

よく〝3代目が身上を潰す〟などと言われますが、小学館は現在も年間売り上げ1,000億円以上と気を吐いています。

不振と言われる出版業界において、2008年に83歳で亡くなられた2代目を引き継いだ3代目・昌宏氏(※1992年から社長に就任)が今後どのような舵取りをするのか、けだし見ものです。

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