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雷 撃

今から72年前の今日、アメリカ海軍のポートランド級巡洋艦

 インディアナポリス

  USS Indianapolis, CA-35


が日本の潜水艦の魚雷攻撃によって撃沈されました。

これは第二次世界大戦において敵国の攻撃によって沈められたアメリカ海軍最後の水上艦艇となりましたが、実はこの巡洋艦…沈められる直前に、重要極秘任務を遂行していたのです。

それは、翌月に広島・長崎に投下された原爆の運搬。


    

1930年に起工し翌年に進水、1932年11月に就役した全長186m・全幅20m・排水量9,800トン・乗員1,269名というこの巡洋艦は、1941年の真珠湾攻撃を逃れ、その直後に空母レキシントンを基幹とする第11任務部隊に所属。

1942年のキスカ島砲撃、1943年のアッツ島砲撃、1944年のマリアナ沖海戦などに参戦した後、1945年1月にはオーバーホール後スプルーアンス大将の将旗を掲げ第5艦隊旗艦に。

そして同艦は広島・長崎に投下されることとなる原子爆弾の部品と核材料の運搬を命じられ、7月16日にサンフランシスコを出港し、3日後真珠湾に寄港。

そこから単独で搬送先のテニアン島に向かい、7月26日に到着。

       


物資の荷降ろしを終えた同艦は、グアムを経由して(上の地図左枠外に位置する)フィリピン群島・レイテ島に向け単独で出港。

そして7月30日深夜0時15分頃、同艦を捕捉した日本海軍の潜水艦『伊58』の魚雷攻撃を受け、6本中3本を被弾。

第二砲塔下の火薬庫が誘爆したため、10分少々で沈没しました。


乗員1,199名の内、約300名が雷撃による火災・爆発により死亡。


残りは海に投げ出されましたが、無線連絡が出来なかったため米軍が哨戒機によって発見し5日後に救助できたのは僅か316名。

残りは体温の低下、疲労、そして中にはサメの襲撃により死亡したといわれています。


同艦々長のチャールズ・B・マクベイ3世は無事救助されましたが、その後彼の人生は茨の道となりました。


       

               Charles Butler McVay III

終戦後の1945年11月、彼は敵の攻撃を避けるジグザグ航行を怠ったとして軍法会議にかけられてしまいます。


※第二次世界大戦で沈められたアメリカ艦艇は約700隻ありましたが、軍法会議にかけられたのは、彼一人のみ。

その後有罪判決を受けて海軍を去った彼は、遺族から責め立てられた挙句、1968年に自殺。
もし沈没しなければ、アメリカの歴史に英雄として名を残せたのに・・・。

そして一方の 『伊58』 艦長の橋本以行少佐(当時、後に中佐)の人生も、この沈没に少なからず影響を受けました。


       


もちろん彼自身は、撃沈した敵艦が原爆を運搬したことなど当時は知りませんでしたが、戦後それを聞くと、


「もっと早く哨戒海域に着いていれば、広島と長崎への原爆投下を防げたのではないか?」

などと自責の念に駆られ、戦後は神職となって戦没者の鎮魂を祈る日々を送ったとか。

また彼はアメリカに呼ばれ尋問を受けた際、「ジグザグ航行をしても撃沈できた」 と証言し、マクベイ艦長を擁護。

有罪判決を受けた後も、敵将の名誉回復に尽力したといいます。

このあたり、いかにも日本人らしいと言えましょうか。

その甲斐あってか、マクベイ艦長の名誉は2000年に回復されました・・・が、その決定が下されたのは、橋本元艦長が91歳でこの世を去ってから僅か5日後のことだったとか。

嗚呼・・・。うー     


なお、この沈没が映画化され、昨年(※日本では今年1月)公開されました。

 『パシフィック・ウォー

 (原題: USS Indianapolis: Men of Courage


         

主役のニコラス・ケイジが、マクベイ艦長をどう演じているか?・・・私も一度観てみたいです。

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