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不器用

近代の医学の進歩は目覚ましく、昔なら助けられなかった多くの患者さんの命が救われるようになりました。

その要因のひとつが外科手術の技術向上であることに、異論のある方はいないでしょう。

今日は、その外科手術のパイオニアであるスイスの外科学者、


 エミール・テオドール・コッヘル
       Ēmil Theodor Kocher


の命日・没後100周年にあたります。


       


コッヘルは1841年にスイスのベルンに生まれました。

エンジニアの父を持つ彼は、ベルン大学医学部を1863年に卒業し、2年後に博士号を取得。

その後ベルリンやパリで外科学を修め、ウィーン大学では内臓外科学の世界的権威テオドール・ビルロートに師事。

以後1872年から約40年にわたってベルン大学の外科学教授を務めました。


彼の功績は、1870年に発表した肩甲関節の治療に関する論文発表が始まり。

同時期から甲状腺の腫瘍について研究を開始した彼は、1876年にそれまで困難とされていた甲状腺の全切除に世界で初めて成功。

1882年には 『外科手術学』 を著し、急性骨髄炎や銃創の防腐処理、胆道疾患、脳脊髄生理についても研究を進め、また舌切除や腰部・手首の関節手術の手法を開発。

更には人工肛門手術にも成功し、1909年にはノーベル生理学・医学賞を受賞しました。


その栄誉に驕ることなく、コッヘルは甲状腺手術の術式改良を重ね、それだけで.累計5,000例も手がけ、安全な術式の確立に成功。

それまで18%もあった甲状腺手術の死亡率を、0.5%にまで引き下げたのです。

こんな経歴を見ると、彼はよくテレビで特集される〝ゴッドハンド〟を持つ天才外科医のようですが、実は決してそうではなく、むしろ手先は不器用だったそうな。


彼自身それを熟知していたから慎重に手術を行い、それが成功率を高めたといえましょう。

またそれ故に手術器具の改良にも積極的に取り組み、鋸歯状で先端が曲がっている〝コッヘル鉗子〟を開発。

       

これは現在でも使われており、医学には素人の私でもその名は知っています。

私が6年前に生死の境をさまよい9時間の手術を施された時も、この鉗子にはお世話になったはず。


1967年にスイスの郵便切手に肖像画が採用されるほどの国家的英雄・コッヘルが75歳でこの世を去ったのは、1917年7月27日。

私だけでなく、数えきれない人々の命を救った医学界の巨人の冥福を、感謝の気持ちを持って祈りましょう。笑3


 


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