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祝 辞

もしかしたら、40代以下の方はあまりご存じないかもしれません。

今日は昭和時代の映画・TVドラマで脇役として活躍した俳優、

 有島 一郎 さん

の命日・没後30周年になります。


         

有島(本名:大島 忠雄) さんは、1916(大正5)年に愛知県名古屋市で生まれました。

旧制名古屋中学在学中から大の芝居好きで、学芸会では花形だったとか。

しかし不幸にも両親を相次いで亡くし自活を余儀なくされた有島さんは、1933年に中学卒業と同時に俳優を目指して当時の人気俳優・田村邦男さんに弟子入り。

3年後に上京して新宿のムーラン・ルージュに入り徐々に頭角を現すと、1940年にまさ子夫人と結婚。



その後一座を立ち上げたもののうまくいかず、劇団を渡り歩いているうちに終戦を迎えました。

そんな彼の名が一躍有名になったのは、NHKラジオ番組 『日曜娯楽版』 に出演してから。

1947年に 『若き日の血は燃えて』 で映画デビューすると、社長シリーズや若大将シリーズに出演し、喜劇役者としての地位を確立。

その後加齢と共にシブい演技で脇を固めるようになり、1966年には『暖春』 でアジア映画祭・最優秀助演男優賞を受賞。

晩年は 『暴れん坊将軍』 で将軍・吉宗の御守り役・加納五郎左衛門を演じて人気を博しました。

その当たり役を演じていた最中の1972年7月20日に、心不全のため71歳の人生に幕を下ろされたのです。


          

さて、私にはこの有島さんの出演作品で今もって忘れられない作品がひとつあるんです。

それは中学生時代に観た、『祝辞』 というNHKドラマ。

有島さん演じる某会社の課長さんが、部下から結婚披露宴での祝辞を頼まれます。

真面目なことが取り柄の彼は、新郎のエピソードを紹介すべく、帰宅してトイレに入っている時も一生懸命練習を重ね、披露宴当日を迎えました。

          

ところが、自分の前に祝辞を述べた来賓が、全く同じエピソードを面白おかしく喋ってしまったから、大変。

観ていた私も、ドキドキ・・・皆さんだったら、このピンチをどう乗り切るでしょうか?

名前を呼ばれ、まるで刑場に連れて行かれる死刑囚の如く元気なくマイクの前に進んだものの、しばし絶句。

そして絞り出した祝辞は・・・ 「おめでとう。」 の唯一言でした。

何とか場を取り持とうとする司会者が喋る中を、唖然とする招待客を尻目に自分の席に着く課長。


でも、その万感の思いを込めた 「おめでとう」 という言葉が、なぜか中学生の私の記憶に深く残ったのです。

有島さんの秀でた演技力と人生経験から滲み出た一言だったからなのかも。

そんな有島さんに、私からも一言・・・ 「ありがとうございました。」 笑2


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