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下 野

2009年8月末の第45回衆院選で、当時の民主党が自民党を破り与党になった際は、〝政権交代〟と持て囃されました。

その結果がどうだったか・・・は、もうここで述べる必要はないと思いますが、それ以前に〝55年体制〟が崩壊した選挙がありました。

※55年体制・・・1955(昭和30)年秋、右派・左派に分裂していた日本社会党が統一され、これに危機感を抱いた保守陣営の自由党と日本民主党が合併して自由民主党を結成。 以降この2大政党がリードする政界の構図を指します。

それは今から24年前の今日・1993年7月18日に行われた

 第40回衆議院議員選挙

この選挙の直前まで、自民党はバブル崩壊と共に、リクルートコスモス社の未公開株に絡む贈収賄で多くの政治家・官僚が逮捕された 『リクルート事件』 の発覚により、国民の信頼を大きく失っていました。

そしてこの前年に行われた参院選で、新たに細川護煕・前熊本県知事らによって結成された 『日本新党』 が注目され、更に自民党から離党した議員らが 『新生党』 や 『新党さきがけ』 が旗揚げして、いわゆる〝新党ブーム〟が起きました。

まぁ実際は沈みゆく船から大量にネズミが逃げ出した格好ですが・・・結果、離党した議員の穴埋めが出来なかった自民党はほぼ現状維持の223議席、新党ブームに押される形で萎んだ社会党は66議席ダウンの70議席と大敗。

その社会党に選挙前から連立協議をしていた新生・公明・民社・社民連を加えても195議席と、自民党共々過半数に達せず、結果的に日本新党と新党さきがけがキャスティングボードを握ることに。

(※現・東京都知事の小池百合子氏は、1992年の参院選に日本新党から立候補して当選、この衆院選で鞍替え立候補して再び当選し、代議士となりました。)


そして両党は、旧野党側と手を握ることとなり、細川氏を首班とする8党派による連立政権が誕生。

自民党は最大の議員数を保持しながら、結党以来初めて野党に転落することに。

       

新内閣は中庭に出てグラスで乾杯するなど、これまでにない演出を施して国民の注目を集め、船出した時点で内閣支持率は空前の70%以上を記録。

メディアも盛んに持ち上げ期待感を煽りましたが・・・期待が大きいほど失望も深くなるのは世の習い。

所詮は旧野党の寄せ集めである〝野合内閣〟は程なく各党間で軋みが生じ始め、突然深夜に記者会見を開いて国民福祉税の導入を発表するなど混乱の度は増すばかり。

そして自らの佐川急便グループからの借入金疑惑を追及された細川氏は、翌年4月8日に辞職を表明し、同月25日に内閣総辞職。

国民の期待を担った新内閣は、僅か9ヶ月弱で店を畳むことになりました。

その後は短命と分かっていた羽田孜氏が総理に就任し、僅か60日余りで退任。

そして今まで否定していた自衛隊を承認するという政策の大転換をして総理に就任した村山富市・社会党委員長の時代に、あの阪神淡路大震災が起き、自衛隊の投入が遅れて多くの犠牲者を出した挙句、それを国会で追及されて

「なにぶん不慣れなもので・・・」

というトンデモ答弁をして国民を呆れさせたことは、皆さんもご記憶のはず。

やはりメディアに煽られて宇宙人内閣を誕生させてしまった2009年の政権交代も同様ですが、普段耳障りのいいことばかり口走って与党を批判ばかりしている人間に権利を持たせても、ロクなことにはならない・・・ということでしょう。

2度あることは3度あると言いますが、こと私たち国民の生活に直結する政治において、そんなことはあってはならないのです。


最近のメディアは安倍叩きに必死ですが、賢明な国民はそんな世論誘導・印象操作に騙されてはいけません。

同じ過ちを繰り返さないために・・・。うー


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