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反 乱

日本ではあまり知られていませんが、今から180年近く前の今日、アメリカの奴隷解放運動を加速する契機となった出来事が起きました。 それは

 アミスタッド号事件
   The Amistad Case


と呼ばれる、奴隷の反乱。


日本で 『蛮社の獄』 が起きた約2ヶ月後の1839年6月28日、当時スペイン領だったキューバのハバナからプエルト・プリンチペに向けて出港したスペイン船籍の商船・アミスタッド号には、アフリカから連れてこられた黒人奴隷53人が乗せられていました。


    

船内ではコックが彼ら奴隷に対し 「お前らは目的地に着いたら殺されて食べられるんだ」 と脅していたとのこと。

そんなことを言われたら、逃げたくなるのが人情というもの。

そして今から178年前の今日・同年7月2日、同船が遭難。 混乱に乗じて奴隷の一人ジョセフ・シンケが自分をつないでいた鎖を外すことに成功。

       

                  Joseph Cinqué


彼に鎖を解かれた仲間たちは、自分たちを脅したコックと船長を襲って殺害。

そして(偽造書類上奴隷たちの所有者となっていた)ホセ・ルイスとペドロ・モンテスの2人にアフリカに戻るよう指示しました。

しかし彼らはウソをついて逆にアメリカへ船を向かわせ、8月26日にロングアイランド沖に投錨。

 それを発見したアメリカ海軍ワシントン号の司令官ゲドニー大尉は船を占拠していた女性や子供を含む黒人たち44名を捕え、(当時奴隷制が合法だった)コネチカット州に連行して海難救助報告書を提出。

そして複数のグループが奴隷・船・積荷に関する所有権を巡る訴訟を地方裁判所へ提訴しました。

しかし、元・第6代大統領のジョン・クインシー・アダムスら奴隷廃止運動家らの尽力により言葉の通じない被告たちの弁護に成功。

翌年、連邦予審法廷はアミスタッド号に乗せられたアフリカ人については、そもそもアフリカ大陸からの移送が非合法であったとし、彼等は法的に奴隷ではなく、自由の身にあると認定したのです。


        
                John Quincy Adams

更に翌年には合衆国最高裁判所でもこの判決は認定され、1842年に生き延びた36名は晴れてアフリカに帰ることが出来たのです。

アメリカで奴隷をめぐる対立により南北戦争が起きたのがそれから19年後の1861年。

そして第16代大統領のリンカーンが〝奴隷宣言〟を出したのが、その翌年・南北戦争中の1862年のことでした。


この事件に関しては、『シンドラーのリスト』(1993年公開)で多くのユダヤ人を救ったシンドラーの名を世に知らしめたスティーヴン・スピルバーグが映画化し、ちょうど20年前の1997年に公開されました。 タイトルはそのまま、

 『アミスタッド』


       


ジョセフ・シンケ役に、ベナン出身で元ホームレスだったジャイモン・フンスーを抜擢。

興業的には成功しなかったものの史実を正確に再現したことで評価は高く、アカデミー賞の助演男優賞・撮影賞・作曲賞・衣装デザイン賞にノミネートされた秀作です。

アメリカの知られざる裏面史を知るためにも、ご鑑賞をオススメします。



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