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弁 当

その昔、我が国はいまの若者たちが考えに及ばないほど貧乏な国であった。


しかし、その頃の家庭にはぬくもりがあり、総じて明るかった。
親子の情は濃く、長幼の序は厳しく、そして礼儀正しかった。


母親は総じて寡黙(かもく)で慎み深く、人前・・・とりわけ子供の前では父親を立てた。


来日した著名な外国人たちが、口を揃えて「礼節の国」・「道義ニッポン」と讃えてくれた国でもあった。


しかし日本は世界の大国と戦い、そして破れた。


戦後は食べるに食なく、着るに衣のないどん底の生活を体験しながらも、我が民族は汗と涙で経済大国を築いてきた。


民族の底力と誇っていい。


しかし、富(豊かさ)の構築とほぼ比例するように、表現を変えれば築き上げた富と引き換えるように民族の美点、長所を失ってきました。


悲しいまでの現実の日々です。


そんな中、故・樋口清之教授(国学院大学)の随筆を以下に記します。


          ◆     ◆     ◆     ◆


(樋口さんの)友人に、よく貧乏に耐えて勉学にひたむきに努める人がいた。

その友人が勉学に励んだ動機は、〝オヤジの弁当〟だという。


彼はある日、母の作る父の弁当を間違えて持って行ってしまった。

       

彼曰く、「オヤジの弁当は軽く、俺の弁当は重かった。」


オヤジの弁当箱はご飯が半分で、自分のにはいっぱい入っており、オヤジの弁当のおかずは味噌がご飯の上に乗せてあっただけなのに、 自分のにはメザシが入っていたことを、間違えて持ってきて初めて知った。


父子の弁当の内容を1番よく知っている両親は、一切黙して語らず。


肉体労働をしている親が子供の分量の半分でおかずのない弁当を持ってゆく。


これを知った瞬間 〝子を思う親の真(愛)情〟 が分かり、胸が詰まり、涙が溢れ、その弁当すら食べられなかった。


その感動の涙が勉学の決意になり、 涙しながら両親の期待を裏切るまいと心に誓ったという。


・・・それに引き換え戦後の私権の主張のみに急な世相の中では 「お父さんの弁当の中身は少ないが、お前のはちゃんとした弁当だから頑張れ」 などと発言しがちであるが、 それでは 「恩、愛の押し売りはごめんだ」 と生意気な子供の言葉がはね返ってくるのがオチであろう。

この〝オヤジの弁当〟の心こそ、仏道で説く陰徳の妙法であり、慎独
(※他人が見ていなくても慎み深い行動をすること)の実践なのだ。


          ◆     ◆     ◆     ◆


・・・今日は、『父の日』 です。


                月刊 『致知』  中條高徳氏(アサヒビール名誉顧問)の言葉より


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