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電 信

〝ト、ト、ツー、ト、ツー・・・〟 よく戦争映画で戦艦や潜水艦の通信兵が小刻みに手を動かして発信しているシーンを見かけます。

あれがモールス信号であることは、ご存知のことでしょう。

しかし現代のデジタル社会では、もはや過去の遺物・・・そう思われる方もいらっしゃるでしょうが、どっこい今でもアマチュア無線や船舶、また自衛隊を始め各国の軍隊でも使用しているのだとか。

この電信システムを発明したのが


 サミュエル・F・B・モールス

 Samuel Finley Breese Morse


なのですが、今日はこの発明家の命日にあたります。


        

1791年に現在の米マサチューセッツ州・ボストンでイギリス移民の牧師の家庭に生まれたモールスは生まれながらの秀才だったそうで、イエール大学で宗教哲学や数学を学びながらも当初は絵画の才能を生かし画家で身を立てた人物でした。


モールスの作品を見た高名な画家W・オールストンは、彼をイギリスに留学させて学ばせようと決意、1810年にイェール大学を卒業した翌年、2人は共にイギリスへ渡航。


イギリス王立芸術院に入学し3年間学んだ後に帰国し、画家として活動を開始。

ジョン・アダムス元大統領など、多くの有名人やVIPの肖像画を描きました。



そんな彼が電信に興味を持つようになったのは1825年、34歳の時。

ワシントンD.C.で肖像画を描いている最中、早馬によって妻の危篤が伝えられた彼はすぐコネチカット州の自宅に向かったものの、到着した時には既に妻の葬儀が終わった後でした。

愛妻の最期を看取れなかった彼は深く傷つき、もっと速い通信手段の発明を志したのです。

そんな彼が閃いたのはそれから7年後の1932年・・・イタリア・フランスへの美術遊学からの帰路、大西洋横断中の船内で出会ったC.T.ジャクソンという科学者から電磁石とその実験を見せられた時。 

「電磁石の導線を延ばして一方の端で電流を断続させた場合、反対側の電磁石の磁気が変化する結果として信号を送ることができるのでは?」


そう思いついた彼は、帰国後ニューヨーク大学の同僚だったL・ゲール化学教授の助言を受けながら新しい電信システムの開発に没頭。

そして遂に1838年1月、公開実験で成功を収めます。

そして資金援助を申し出てくれたA・ヴェイルのアイデアを基に現在も使用されているトン・ツーの〝モールス信号〟を開発し、他社との激烈な競争を経て特許取得に成功したのです。

しかし残念ながら、当時は世間から評価されませんでした。

当時の通信手段は早馬や煙突からの煙やのろし、手旗信号など・・・いきなり電信といわれても、人々がついていけなかったのです。


       

           モールス自らが製作した発信機


しかしさすがはモールス、決して諦めませんでした。

自ら資金集めをしては公開実験を繰り返し、遂に初の実験成功から8年後にアメリカ政府から資金援助の獲得に成功。

ワシントン及びその周辺をカバーする電信会社を設立し、以後着実に国内にその技術を広げ、彼が設立したウェスタン・ユニオン電信会社は1861年に西海岸と東海岸との直通連絡を実現。

アメリカ全土だけでなくヨーロッパでもモールス信号は採用され、その功績により1872年4月2日に80歳で死去するまで世界各国から多数の顕彰を受けました。


さて、ここで皆さんにひとつだけ大事なモールス信号をお教えしましょう。


       [ ・ ・ ・ - - - ・ ・ ・ ]


言葉で表現すると、「ト・ト・ト、ツーツーツー、ト・ト・ト」・・・これ、実は〝S・O・S〟信号なんです。

これさえ覚えておけば、万が一海難事故に遭遇した時に身を守ってくれる・・・かもしれませんョ。


画家・彫刻家・発明家という、〝アメリカ版ダ・ヴィンチ〟の冥福を祈りたいと思います。笑3





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