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仁 愛

カー用品販売チェーンの東証一部上場企業 『イエローハット』 の創業者(現・相談役)にして、トイレや街頭の掃除を通して自分たちの心の荒みと社会の荒みをなくすことを目指す 『日本を美しくする会』 の相談役を務められ、83歳の現在も日々掃除や講演会で多忙を極める

 鍵山 秀三郎 


今日は、その鍵山氏が月刊 『致知』 7月号に寄せられた〝巻頭の言葉〟を一部抜粋・編集にてご紹介します。

          ◆     ◆     ◆     ◆


『大和掃除に学ぶ会』の皆さんが、神奈川県大和市の大和駅前で毎月行っておられる掃除活動が、4月に100回目の節目を迎えました。

この『大和掃除に学ぶ会』は、地元米軍厚木基地の軍人の方々にもご参加いただいているのが特徴です。

そして100回目に参加された約120人の中には、年前から率先して参加なさっている前司令官のスティーブ・ウィーマンさん、現司令官のジョン・ブッシーさんをはじめ、約70名の軍人の方々の姿がありました。

新旧司令官のお二人とは幾度となく交流を重ねてまいりましたが、その穏やかで謙虚なお人柄に、私はいたく感銘を受けました。

数千人もの部下を率いる立場を笠に着るようなところは微塵もなく、自ら率先して下坐行に取り組み、日本人社会との融和に努めて下さっていることはとてもありがたく、こういう方々にはいつまでも日本にいていただきたい、と心の底から願う次第です。


       


残念ながら、今の日本のリーダーには冷徹な人が多く、お二人のような温和な人がなかなか見当たりません。

物事をただ合理的・物理的に推し進めていくのであれば、冷徹な気持ちさえあれば実現も可能でしょう。

ただ私は、日本という国が悪い方向へ進み続けていることに強い危機感を抱いており、その大きな原因はこうしたリーダーの資質にあると考えます。

また、そういうリーダーを選んだ国民にも責任があると思うのです。

お二人の司令官には、大きな組織を率いる重責に加え、今緊迫している朝鮮半島への備えも求められています。

こういった難しい状況の中でも、謙虚で温和な人柄を貫いておられるお二人から、私は真の強さというものを学ばせていただきました。

そして、私は掃除という活動を通してお二方と米軍々人さん方にご縁をいただいたことを、生涯の幸運と受け止めています。

小早川隆景という戦国武将が、

「万事を決断するに、仁愛を本として分別すれば、万一、当たらざることありとも遠からず」

という言葉を残しています。

彼は、危機に際して下した判断に殆ど誤りがなかったと言われ、同じく武将の黒田長政から、その判断の拠り所を問われてそのように答えたそうです。

私は、隆景の説くこの〝仁愛〟こそ、現代の日本が大切にすべき言葉だと実感しています。

今の日本が様々な方面ではつての輝きと力を失いつつあるのは、リーダーの判断基準からこの〝仁愛〟の精神が失われ、損得ばかりに囚われているせいではないかと憂慮するのです。

政府は東日本や熊本の復興について、また被災地から逃れてきた子供たちに対する悲惨なイジメについて「可及的速やかに」対処すると勇ましく発表しています。

しかし現実には、その勇ましさとは裏腹に遅々として対策は進んでいません。

熊本で倒壊したビルやアパートのオーナーさんに対しては、自己資金で建て直せば後から援助すると政府は謳っています。

しかし被災者の皆さんはどこからそのような多額の資金を捻出すれば良いというのでしょう。か。

やむなく事業の再開を断念して廃棄する人が後を絶ちません。

言葉ではいくらでも立派なことを掲げられますが、その殆どが現実には何の力も持たないと言わざるを得ません。

桜の名所に立っている「ゴミは持ち帰りましょう」という看板の下に、ゴミが山積みになっている状況と同じです。

日本人の大半は、真面目で誠実な本来の美質を今も変わらず持ち続けています。

ところが、せっかくその美質を発揮して頑張っても、今の日本社会では、その働きが十分報われないため、多くの人が心をすり潰してしまっています。

この状況が続けば、そのうち尊い美質も損なわれ日本人が変質してしまうかもしれず、そうなってしまってはもう取り返しがつきません。

行政・経済のリーダーは、米軍基地のお二人の司令官に倣い、自ら下に降りて範を垂れなければなりません。

リーダーの姿勢が変われば、威令は自ずから伝わり、日本もよくなっていくと私は信じます。


          ◆     ◆     ◆     ◆


我が国の(特に口先だけの野党)政治家は、まずトイレ掃除から始めてもらいましょうか。うー


さて実は鍵山氏、2年前に大病を患われて今も痛みに耐えながら療養を続けられているとか。

それを知った鎌倉円覚寺管長・横山南嶺師が鍵山氏に心境を伺ったところ、鍵山氏はこう答えたそうです。

「私は12歳の時から、地べたを這うように働いて働いて随分無理をしました。  この病気になったのは82歳の時です。
ですから12歳から82歳まで70年間働くことが出来たのです。
私には70年も元気で働けた、その喜びと感謝の気持ちしかありません。」


・・・生き仏とは、鍵山氏のような方のことかもしれません。


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