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スローカーブを、もう一球

表題だけで今日の主人公がピンと来た方は、間違いなくスポーツファンでしょうネ。


現在では、マスメディアにおいて1つの(職業)分野として定着している、〝スポーツライター〟。


今日は、その先駆者とい言える


 山際 淳司 


の命日・二十三回忌にあたります。


         


山際 (本名:犬塚 進)氏は戦後間もない1948年に神奈川県逗子市に生まれました。


中央大学法学部在学中から 〝山際淳司〟 のペンネームで雑誌にルポを発表し、また週刊誌に本名で人物ルポを掲載。

その独特な切り口と詳細な描写で、一定の評価を得ていたそうな。


山際氏は取材対象者に直接会って徹底的に話を聞き、その上で客観的かつ冷静な目で文章を構成することが特徴といわれました。


それが端的に顕われたのが、私が彼の作品に初めて触れることにもなった、〝Sports Graphic Number 〟創刊号に掲載された 『江夏の21球』


         山際淳司


1980年に創刊されたこの雑誌は、おそらく本格的に定期刊行された日本初の総合スポーツ専門誌でした。


その前年・1979年に行われた日本シリーズ・広島 vs 近鉄の第7戦。


広島の守護神・江夏豊投手が9回ウラに迎えた絶体絶命のピンチを切り抜けたシーンはあまりに有名ですが、その時の全投球を関わった選手の証言や事実を克明に追ったルポは、当時大学で現役のピッチャーだった私に野球の奥深さと醍醐味を存分に味あわせてくれました。


(ただ、個人的に江夏投手がスクイズを外した一球・・・あれはピッチドアウトではなく、たまたまカーブがすっぽ抜けただけだと今でも思っていますが。)


このルポで山際氏の存在を知ることとなった私は、その後も氏の著作は殆ど手に取りました。


また山際氏本人も、このルポも掲載した表題の著書・ 『スローカーブを、もう一球』 で日本ノンフィクション賞を受賞し一躍有名に。


        


そしてNHKがこのルポを元にドキュメンタリー番組を制作・・・それが縁となったのか、同局の〝サンデースポーツ〟のメインキャスターを務めるまでになりました。


ところが、1年程経ったところで突然の降板。


あれっ? と思ったら、その約2ヶ月後・・・既に胃癌に侵されていたという山際氏の訃報をテレビで知った時の衝撃は、今でもよく憶えています。


1995年5月29日、46歳の若すぎる旅立ちでした。


トップ・アスリートだけでなく、無名の選手にも焦点を当てた地道かつ広範囲な取材姿勢と文章は、その後のスポーツジャーナリズムに大きな影響を及ぼしたことは間違いないでしょう


今宵は久しぶりに 『スローカープ・・・』 を読み返して名勝負の数々を振り返りつつ、スポーツ・ジャーナリズムの先駆者の冥福を改めて祈りたいと思います。笑3

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