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横 断

何事も最初にそれを成し遂げた方の努力と功績は称賛されるべきですが、それが命懸けともなれば尚更でしょう。

そのチャレンジのひとつ・・・今でも伝説の如く語られる、世界初の大西洋単独無着陸飛行に


 チャールズ・オーガスタス・リンドバーグ

        Charles Augustus Lindbergh


が成功したのは、今からちょうど90年前の今日でした。


      


1902年、ミシガン州デトロイトで弁護士の父と化学教師の母の間に生まれたリンドバーグは機械工学を勉強した後、曲芸飛行士に。


アメリカ陸軍航空隊の訓練では、トップの成績を修めた優秀なパイロットだったようです。


そしてニューヨークのホテル王オルティーグが1919年に

「ニューヨーク~パリ間を無着陸で飛行した者に25,000ドルの賞金を与える」

という
懸賞を発表。

何人もの挑戦者が失敗し命を落とす中、彼はこの無謀(?)な冒険に挑戦することを決意。


出来る限り機体を軽量化することに拘り、エンジンは単発、生命に関わる無線・パラシュートまでも取り外してしまいました。


そして当時乗員2名が常識だったにも関わらず、全行程を自分1人で操縦する飛行機を設計します。


一方で巨大な燃料タンクは、万一の墜落時に操縦席を押しつぶさぬよう機体前方に置き、そのために前方は操縦席の左右もしくは潜望鏡のようなものでしか目視できない・・・という、長距離飛行と安全を重視した奇抜なデザインとなった“Spirit of St.Louis”号を完成させました。


      

決死の覚悟で1927年5月20日午前5時20分(ニューヨーク時刻)、ニューヨーク・ルーズベルト飛行場を飛び立った彼は、途中睡魔に襲われながらも33時間29分かけて5,810kmを飛行。


翌5月21日22時21分(パリ時刻)、ル・ブルジェ空港に見事着陸に成功したのです。


無名のパイロットから、一夜にして国民的英雄となったリンドバーグ・・・しかしその後彼は波乱万丈の人生を送ることに。


1932年には1歳8ヶ月の長男・ジュニアが誘拐・殺害され、傷心の彼はヨーロッパに渡ります


(※この事件については、犯人の冤罪説・母方の遺産相続に絡むリンドバーグ関与説あり)


その後第二次大戦直前からナチス・ドイツと親密な関係になり、親ナチ・反ユダヤ発言をしてアメリカ政府から冷遇されることとなりました。


晩年はハワイに移住、電気もガスもない場所で4年程生活をしたそうです。


悪性リンパ腫にかかり死を悟った彼は、1974年に72歳で亡くなるまでに自らの墓と棺桶のサイズや葬儀の際に歌う賛美歌まで取り決めたとか。


周到な計算を重ねた上で単独飛行を成功させた、几帳面かつ緻密な彼の性格を物語るエピソードといえるでしょう。

ところでリンドバーグは、もうひとつ後世に大きな貢献をしていることをご存知でしょうか?

それは意外にも、医学に関してなのですが・・・実は彼の姉が心臓弁膜症を患っていたため、それを治したいという強い思いからノーベル賞医学生理学賞を受賞したA・カレル博士と共同で、1935年に世界初の人工心臓(ガラス製かん流装置)〝
カレル・リンドバーグポンプ〟を開発しているのです。

             


これは現在の人工心臓の原型となっているそうですから、彼のおかげで命を救われた方は全世界に大勢いるはず。

リンドバーグと聞いて、単なる飛行機乗りだと思わないでくださいネ。

むしろ人工心臓開発の方が人類に貢献しているかもしれませんから


さて余談ですが、彼がパリ上空で


「翼、あれがパリの灯だ!」


と叫んだ・・・という話は有名ですが、実はこれは後の創作なんですって。あせあせ


実際は、着陸時彼はパリに着陸したかどうか分からず、


「誰か英語を話せる人はいますか?」


・・・これが第一声だったとか。


でも、私はこの〝本当の話〟 の方が人間臭くって好きですけどネ。笑2


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