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失 意

とかく世間は何事にも最初に達成したり1番になった人物やチームを持て囃し、2番以降の後塵を拝した人々の事は忘れてしまいがち。

しかし、そんな敗者の中にも記憶に留めるべき立派な人物がいるのです。

今日は、その中の1人・・・


 ロバート・ファルコン・スコット

    Robert Falcon Scott


の命日にあたります。

と言っても、この名前だけでどんな人物であったかが判
る方は、かなりのイギリス通か冒険通でしょうネ。


彼は日本ではちょうど明治元年となる1868年生まれ。

代々軍人の家系に生まれた彼は13歳で海軍兵学校に入学し、20歳で海軍大学を卒業して軍人に。

その彼の名を世間に知らしめたのは、南極探検でした。

1899年に王立地理学協会の南極探検計画に隊長として立候補し、1901~04年にかけて第1回の探検を行ない、ペンギンの生体観察など科学的な業績を残します。

そしてこの功績で大佐に昇進した彼は
1910年、再び科学調査と共に世界初の南極点到達を目指してイギリスを出発し、翌年10月には南極大陸に上陸。 


しかし同時期に、北極点到達をアメリカ人・ピアリーが達成したため目標を南極点に切り替えたノルウェー人冒険家・アムンセン氏も南極点到達に向かっていました。


1912年1月17日スコット隊が南極点に到達した時・・・そこには、約1ヶ月前の12月14日に一番乗りを果たしたアムンセン隊が残したノルウェー国旗やテント、そして手紙が置いてあったのです。


        ウォームハート 葬儀屋ナベちゃんの徒然草-スコット

              南極探検中のスコット


失意と極度の疲労、そして荒れ狂うブリザードの中帰還を目指したスコット隊でしたが、食料基地まであと20kmの地点で遂に力尽き、5名全員帰らぬ人(※1名は行方不明)となってしまいました。


当初圧倒的に有利といわれたスコット隊が何故後塵を拝し、かつ命を落としたのか?・・・その原因に関しては後年様々な分析がなされ、


◆ アムンセン隊が犬ぞりを使用したのに対し、スコット隊は雪上車と

  馬を利用したが、雪上車が故障し馬が寒さに耐えられず次々に

  死亡、人力で荷物を運搬しなければならなかった。


◆ アムンセン隊は食料を現地で海獣を狩るなどして調達したのに対し、

  スコット隊は膨大な食料を運搬しようとした。


などと指摘されています。 


また途中で引き返せなかったのは、この冒険に際して〝世界初の南極点到達〟を謳って資金を集めたからだった、とも推測されています。


しかし私はこのスコット氏を、一番乗りを逃したとはいえ〝英国紳士〟として、また一人の男性として尊敬します。 


アムンセンの残した手紙を持ち帰って彼らの人類初の快挙を証明したこと、絶望の淵にありながらも亡くなる直前まで克明に日記を残して自らの行動を後世に知らしめたこと、そして最後まで家族を気遣う手紙まで遺したこと・・・いずれも中々出来ることではありませんから。


彼の日記のラストページ・・・即ち1912年3月29日付けの文面を以下にご紹介します。


           ウォームハート 葬儀屋ナベちゃんの徒然草-スコット 最後の日記

            スコット氏が書き残した日記の最終ぺージ  


Thursday, March 29 - Since the 21st we have had a

continuous gale from W.S.W. and S.W.

We had fuel to make two cups of tea apiece and bare

food for two days on the 20th.


Every day we have been ready to start for our depot

11 miles away, but outside the door of the tent it remains

a scene of whirling drift.


I do not think we can hope for any better things now.

We shall stick it out to the end, but we are getting weaker,

of course, and the end cannot be far.


It seems a pity, but I do not think I can write more.



   R.Scott

   Last entry

   For God's sake look after our people.



3月29日 木曜日 ― 21日から西南西・南西の暴風が止まない。

我々には20日から1人当たり2杯の紅茶を沸かす燃料と僅か2日分の食糧しか残っておらず。


毎日11マイル先の貯蔵基地に出発する準備はすれども、外は猛吹雪。

状況が好転するとは思えない。 


我々は最後まで頑張る所存なれど、日々衰弱が酷く最期の時はそう遠くはなかろう。



残念ながら、私はこれ以上書き記すことは出来まい。

 

R.スコット

最後にこれを記す

願わくば我々に神のご加護を。  (※拙訳 ナベちゃん)



捜索隊により半年後に発見された時、詩集を手にしたまま息絶えていたという悲運の探検家のご冥福を、心よりお祈り致します。

そういえば、以前 「2番じゃダメなんてすか?」 という迷言を吐いた国会議員がいましたが・・・もしスコットがこれを聞いたら、即座に 「絶対にダメだっ!」と断言するでしょうネ。うー


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