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楼 蘭

ヨーロッパ・地中海と東洋(中国)を、古くはローマ帝国と秦・漢の時代から結び多くの商品や文化を運んだ道、


 シルクロード


日本にも少なからず影響を及ぼしたこの遠大なる交易路に関しては、1980年に 『NHK特集 シルクロード』 が1年間にわたって放映されたことで一気に注目されるようになりました。

私も何回か観た記憶がありますが、古代ロマンを感じる一方で果てしない砂漠をラクダなどを使ってゆっくりと運んだ昔の人々の勇気にはただ敬服するばかりでした。

今日はこの 『シルクロードの日』 なのだそうです。


今から115年前の今日・1900年3月28日、スウェーデンの探検家

スヴェン・アンダシュ・ヘディン (1865-1952)


が廃墟となっていたシルクロード上の古代都市・楼蘭を発見したことに因むとか。


       ウォームハート 葬儀屋ナベちゃんの徒然草

              Sven Anders Hedin


このヘディンという方・・・日本ではあまり馴染みがありませんが、実は凄い探検家だったんです。

スウェーデンの中流家庭に生まれた彼は、隣国・フィンランドの探検家にしてスウェーデン王立科学アカデミー教授・ノルデンショルトが北欧から東アジアの最短ルート・『北東航路』 を発見し1879年に日本に辿りつくという快挙に感銘を受け、生涯に渡って彼を師と仰ぎます。

またベルリン大学でシルクロードの提唱者として知られるリヒトホーフェンの指導を受けた彼は、中央アジアの探検を決意。

早くも20歳の時にペルシャやメソポタミアに旅行したのを皮切りに、1893~97年と1899~1902年の2回に渡り中央アジアのパミール高原やタクラマカン砂漠等を探検し、その間に楼蘭の遺跡を発見。

更に1906~08年にチベット高原一帯を探検し、カラコルム山脈に連なるトランス・ヒマラヤ山系をも発見。


それまで空白・不明だった同地域の探査に大きな足跡を残しました。

彼の探検において特に興味を引くのは、楼蘭の付近にあるとされた塩湖・ロプノールに関する仮説。


この湖のほとりで栄えたとされる楼蘭が3世紀頃から始まった湖の乾燥化と共に衰退し、シルクロードの道筋も変わったといわれ、以来その存在が伝説化されたロプノールに関して、ヘディンは1934年にこの湖を発見し、

「およそ1,000年周期で南北に彷徨っている」

という湖移動説を発表したのです。 


この仮説を含め、自ら筆を執った冒険記が


 『さまよえる湖』 (中公文庫BIBLIO・刊)


        ウォームハート 葬儀屋ナベちゃんの徒然草

これを読むと、自分ではとても行けないアジアの奥地に身を置いたような錯覚に捉われます。

(※ただし現在ではロプノールは河床が干上がって消滅しただけと推測されており、移動説は否定されていますが・・・。)


その一方でヘディン氏は、あまりに探検に身を入れ過ぎて世情に疎かったのか、自身はユダヤの血を1/16受け継いでいるにもかかわらず、自身を厚遇してくれたナチス・ドイツを礼賛するなどして第二次大戦後母国スウェーデンで大きな批判に晒されてもいます。

そりゃ砂漠に何年も行きっ放しでは、激動のヨーロッパ事情など知る由もなかったでしょう。うー


考古学的ロマンを書き立てる〝シルクロード〟の旅・・・テレビ番組だけではなく、その地に半生を捧げた冒険家の足跡を辿ることで、別の楽しみ方が出来るかもしれません。笑3


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