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博 打

文学界には、時として一作で彗星の如く脚光を浴びる作家がいますが、この方もその一人といえましょうか。

今日は、そのハードボイルド作家、

        
とおる

 白 川  道  さん


の命日・三回忌にあたります。

       


白川(本名:西川 徹)さんは、終戦直後の1945(昭和20)年10月に北京で生まれ、引き上げ後は神奈川県平塚市で育ちました。

学生時代から読書好きで太宰治の作品などを読み漁り、一橋大学に進学した秀才でしたが、大学卒業後就職した大手電機メーカーをたった3ヶ月で退職。

その後入社した大手広告代理店も26歳で辞めた後は先物取引会社に勤務したり起業したものの失敗。

松山市にある奥さんの実家で義父の経営する会社の役員に就いたものの、2年余りで離婚して再び上京。

兜町で自ら投資顧問会社を設立し、折りからのバブル景気に乗り十億円単位の金を動かして一時期は年間に1億円を使う程羽振りが良かったとか。


しかし投資ジャーナルに関わり、インサイダー取引などの違法行為で検挙され、懲役3年の実刑を食らったことも。

でも、そこでタダでは転ばないのが、この方・・・その服役中に小説の書き方を勉強すると、出所後の1994年に 『流星たちの宴』 で、49歳という超遅咲きの作家デビュー。

そして一躍彼の名を世間に知らしめたのが、2001年に発表した

 『天国への階段』 (幻冬舎・刊)


       


私はたまたま書店サーフィンしていた時に平積みされていたこの本をたまたま見かけました。

ちょうど転職したばかりの時期で、たまには違ったジャンルの本でも読むか・・・と買い求めて読み始めたら止まらなくなり、上・下巻を一気に読破。

最後では思わず涙したことを憶えて
います。


この作品は同年の山本周五郎賞の候補作になり、(例によって私は自分の描いたイメージを壊したくないので観ませんでしたが)テレビドラマ化もされました。

しかし残念ながらその後彼の作品は殆ど読まず仕舞いでしたが・・・この方、ヒットを飛ばした後の生活もハチャメチャ(?)。

このヒット作で手にした印税をほぼ競輪に注ぎ込むなど無類のギャンブル好きだった彼は、麻雀にものめり込み、複数の出版社や編集長個人にも100万円を超える借金をこしらえていたとか。

そしてそれを返すことなく、2015年4月16日に大動脈瘤破裂で自宅で倒れ、69歳でそのまま天国への階段を登って行ってしまいました。 

この時の発見者は、元『新潮45』編集長で、彼とは事実婚関係だった中瀬ゆかりさん。

傍から見れば、よくまぁこんなギャンブル狂に愛想を尽かさなかったものだと思ってしまいますが、彼女は

「とうちゃんは、宝だ!」

と公言する程惚れ込んでいたとか。

げに男女の仲は分かりません。 因みに彼女が説く夫婦円満の秘訣は

 ① 1日1回はボディタッチする
 ② 同じ趣味に熱中する
 ③ 笑いを絶やさない


ことだそうな。 どうでしょう、皆さんのご家庭では?

我が家の場合、①が毎日マッサージさせられていること、②はゴルフ(と言っても、私は葬儀社を立ち上げてからは一切やってませんが)、③が私のお愛想笑いでもOKなら、大丈夫ですが・・・。
あせあせ

今宵は久しぶりに 『天国への階段』 のラストを読み返しつつ、人生そのものがハードボイルドだった白川さんの冥福を祈りたいと思います。笑3



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