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銀 杏

今や進学率が男女合わせて50%を超える、大学。

我が国においてその最高峰は? と問われれば、殆どの方が


 東京大学


と仰るでしょう。 その東大が創立されたのが、今からちょうど140年前の今日・1877(明治10)年4月12日のこと。

1867(明治元)年に文部省管轄の洋学研究・教育機関として設立された東京開成学校と、江戸幕府が設立した医学所を明治政府が接収して1874(明治7)年に改称した東京医学校を合併し、法・理・文・医の4学部を設置したのが始まりでした。

        

               1904(明治37)年頃の東大       


皆さんは、東京大学に関してどんなイメージをお持ちでしょうか?

私がおそらく最初に東大を意識したというか関心を持ったのは、小学校5、6年生の頃。

当時はベトナム戦争や日米安保条約の批准を巡って左翼勢力の反対運動が激化し、これに呼応する形で全国の大学で学費値上げ反対などの学生運動が活発化。

その象徴と言える出来事が、1969(昭和44)年に起きた 『安田講堂立てこもり事件』 でした。

後に 『あさま山荘事件』 でも指揮を執った佐々淳行氏が先頭に立ってバリケードを撤去し学生を排除したのですが、屋根や窓から学生たちが投げつける火炎瓶と、下から警察車両が放水する様をテレビで観ながら

(東大って、勉強するところじゃないの?)

と、唖然としたことを憶えています。

           ウォームハート 葬儀屋ナベちゃんの徒然草-安田講堂


その私が初めて赤門をくぐって東大の構内を歩いたのは、それから5年後のこと。

高校の入学試験に合格したお祝いで、父親が東京見物に連れてきてくれた時、私が特に望んだわけでもないのに、本郷のキャンパスに立ち寄ったのです。

あの学生と機動隊の衝突があったことが信じられないくらい、安田講堂とその周辺が静かだったことを憶えています。

おそらくオヤジは 「あわよくば息子を東大に」 という期待があって連れてきたのでしょうが、私はこの事件がトラウマになって東大を受験する気は起きませんでした。

もしこの事件をテレビで観なければ、私の人生も変わっていたかも?・・・な~んて、本当は受験する学力がなかっただけですけどネ。

結局私が本郷の東大キャンパスに足を踏み入れたのはこの時だけで、全くご縁はないまま現在に至っています。あせあせ

さて東大というと、トレードマークが〝銀杏〟であることは皆さんもご存じだと思います。

でも実はコレ、校章じゃないんですって。

1948(昭和23)年に星野昌一名誉教授が〝東大マーク〟として作図したもので、大學の文字は金色、銀杏の葉は銀色として指定されていたそうな。(↓)

          

銀杏は、おそらく本郷の銀杏並木をモチーフにしたものと思われますが、このデザインが現在のものに変わったのは、2004年4月1日に
国立大学法人・東京大学として再出発した時から。

これまでのデザインを踏襲し、秋の美しい銀杏の〝金色〟の紅葉と、東大のスクールカラー〝淡青色〟を重ね合わせました。

           


マークがカラフルになったのは結構ですが、一方で世界大学ランキングは年々下がる一方。

我が国最高レベルの大学には、もっと頑張ってもらわねば・・・って、入学すらしていないバ〇者には言われたくないか。あせあせ


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