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強 面

今や国民食と言ってもいい、ラーメン。


しかし一方で、様々な店が誕生しては消えていく非常に厳しい世界でもあります。


今日は、その中にあって常に業界の顔というかトップ・リーダーだった

 佐野 実 さん

の命日・没後3周年にあたります。


佐野さんは1951(昭和26)年に横浜市戸塚区に生まれました。

家は貧しく、父親が酒乱気味でたびたび佐野さんに暴力をふるったそうで、それが彼自身を短気ですぐキレる性格にしたとか。

同級生に対する暴力行為で幼稚園(!)を退園処分になったというんですから、喧嘩っ早さは筋金入り。

母親が彼を妊娠中にラーメンを好んで食べており、また本人もラーメンを食べたくて中学生時代に新聞・牛乳配達のアルバイトをしたそうですから、ラーメン屋になることは早くから運命づけられていたのかも。

私立藤沢商業高校に進学して野球部に所属した佐野さんは一時期プロ野球選手を目指したそうですが、後に巨人入りした小俣進投手が同学年だったことで、その実力の違いを見せつけられ断念。

野球部を退部した後は応援団に入り、朝・昼と1日2回ラーメン屋に通った彼は、卒業後横浜ドリームランド内の不二家レストランに就職。


しばらく洋食界に身を置きましたが、その傍らラーメン屋通いを続け、遂に35歳の夏に藤沢市鵠沼海岸に 『支那そばや』 を開店。

当初はなかなか思うような味が出せず客の入りも悪かったそうですが、素材と味にこだわる頑固職人として徐々にその名が知られるように。

いつだったかは定かではありませんが、ラーメン特集番組でカウンターに座った客が隣の友人と喋っていると 「うるさい、静かに食えっ!」 と怒鳴っている場面が映し出され、

(いやはや、凄いラーメン屋があるもんだ。)

と驚いた記憶があります。 


確か香水をつけた客も「匂いがラーメンの味を落とす」といって入店を断ったり、麺やスープを残す客も叱ってましたねェ。

それでもお客が押し寄せたそうですから、余程美味しかったのか、はたまたマゾの客が多かったのか・・・。

オールバックの髪型で白い詰め襟のユニホームが、まるで床屋さんみたいでしたが、それが佐野さんのトレードマークでした。


        

そして彼の名を全国区にしたのは、TBSの 『ガチンコ』 だったと思います。

2000年から始まったラーメン道シリーズに出演した彼は、ラーメン屋経営を目指す出演者たちを厳しく罵倒したり水をかけたり、更には「まずい」と酷評するなど、まさに〝ラーメンの鬼〟として立ち回りました。

まぁ捏造報道機関TBSのことですから当然ヤラセはあったと思いますが、この番組で佐野さんの強面ぶりが視聴者の印象に強く残ったはず。

殺害や店の爆破予告などもあったそうですから、有名になるのも楽じゃありません。

その後もテレビの企画番組に出演したり、また弟子を取って新店舗のプロデュースをしたり、またブログも立ち上げるなど活躍を続けましたが、2006年頃から患った糖尿病が2014年に入って悪化。

そして同年4月11日に多臓器不全により死去・・・まだ63歳になったばかりでした。


私自身ラーメンは大好きで方々の店で食べましたが、佐野さん自身が作ったラーメンは(店が神奈川県内で遠かったこともあり)残念ながら口にすることは出来ず仕舞い。

池袋西口に彼のプロジュースした店が出来たので1度行きましたが、正直あまり美味しくなく、また暫くして閉店したことも私の足を遠ざけた一因でしたが。

ただ、亡くなる間際にも弟子が作ったラーメンを食べたといいますから、ラーメンに対する情熱と愛情は誰よりも深かったことは確かでしょう。

現在は彼の愛娘・史華さんがお父さんの出身地・戸塚区で 『支那そばや』 を受け継いで頑張っているとのこと。

いつか本拠地で佐野さんの作りだした味を確かめてみたいものです。

今日はランチでラーメンを食べつつ、〝ラーメンの鬼〟のご冥福をお祈り致します。笑3


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