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映 像

戦前、そして1953年にNHKが放送を開始するまで、国民の情報源はラジオと新聞・雑誌くらいしかありませんでした。

では映像としての情報をどこから得ていたか、というと・・・それは、映画。


1939年、映画館で映画の上映前後に必ずニュース映画を上映することを義務付けた映画法が制定されました。

そしてその映像を政府(軍部)が統制しやすくするために、今から77年前の今日・1940(昭和15)年4月9日・・・大阪朝日・大阪毎日・読売の新聞大手3社と同盟通信社のニュース映画部門が合併し

 社団法人 日本ニュース社


が設立されたのです。


翌年に(社)日本映画社と改称された同社は、政府(軍部)の統制下で戦意高揚の映像や自然や人々の暮らしを描いた文化映画を製作。

同年6月に公開された『日本ニュース 第一號』は、昭和天皇の関西御巡幸を報じたものでした。



このようにまず皇室のニュースが最初に流され、その際画面の右上もしくは画面いっぱいに『敬意を表するため 『脱帽』 もしくは 『謹寫(きんしゃ=謹んで写させていただいた、という意)』 という字幕が出たそうな。


終戦まで幾度となく戦況報告の映像が続き、戦後の1946年からは株式会社に改組され、「働く皆様の眼となり声となり、民主日本の建設に力を盡す、新生日本ニュース第1号を送ります。」と宣言。

その第一号のトップには皇室ではなく、公職追放令で前年まで投獄されていた共産党の宮本顕治氏のインタビューだったというのですから、見事な豹変ぶり。

その後も政府当局と一線を画した、というより批判に軸足を置いた報道へとシフト。

経営不振に陥った同社は1951年、東宝の全額出資によってニュース映画部門を中心に『(株)日本映画新社』に改組。


2008年に所蔵していた記録映像を東宝子会社の東宝ステラに移管し、翌年解散しました。

ところで数ある日本ニュースの中でも、戦後・平成時代に入ってからも何度もテレビで利用され最も私たちに馴染みのあるものといえば、真珠湾攻撃を敢行し日米開戦を報じる第79回の映像ではないでしょうか?

それは、15分30秒過ぎからご覧いただけます。(↓)




当時の大本営報道部長・大平秀雄大佐が読み上げる有名な日米開戦発表のシーン・・・これ、実はリアル画像ではなく後ほどニュース用に収録されたもの。

よく〝大本営発表〟というと、虚偽・捏造報道の代名詞のように言われますが、既に開戦時からその兆候があったんですネ。

その悪しき体質は、70年以上経過した現在でもマスメディアに脈々と受け継がれていることを、我々国民は忘れてはなりません。うー

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