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紋 々

最近はプロボクサーやレブロン・ジェームスを筆頭にNBAなどのプロスポーツ選手の多くが身体に施しているタトゥー。

半ばファッション化している感がありますが、俗に(倶利伽羅)紋々ともいわれる


 入れ墨(刺青)

明治政府がこれを止めされるべく 『入墨禁止令』 を発布したのが、今から145年前の今日のことでした。


この入れ墨の歴史は古く、アルプスの氷河から冷凍状態で発見された約5,300年前の遺体〝アイスマン〟に入れ墨のような文様があり、また2,500年前の王女のミイラには、腕に施された入れ墨がほぼ完全な形で残っています。

また日本でも縄文時代に造られた土偶の体表に見られる文様は入れ墨と考えられており、魏志倭人伝にも倭人が入れ墨を施していたという記述が。

ただそういった古代の入れ墨は、個人の特徴を身体に刻むことにより個体の確認のため、あるいは入れ墨を施すのは身分の高い者だけだったといわれています。


しかし儒教が伝来した奈良時代に律令制が確立すると、入れ墨は刑罰として入れられるように。


江戸時代に入ると、前科者が〝入れ墨者〟と言われた反面、遊女がなじみ客の名を〝〇○命〟と上腕に彫ったり、経文や仏像を身体に彫り込む僧侶が登場。

末期には発達した浮世絵を装飾として身体に彫り込む者も現れ、同時に彫り師の技術が格段に進歩したそうな。


江戸時代の入れ墨というと、どうしても遠山の金さんの桜吹雪が頭に浮かびますが、実際に彫り込んでいたかどうかは分かっていません。

ただ彼には普段から袖がめくれ上がるとすぐそれを下ろすクセがあったともいわれており、やはり役人である以上、身体に彫り物があることは隠したかったようです。


カッコよく右半身をはだけて 「やいやいやい、黙って聞いてりゃいい気になりやがって・・・」 な~んて啖呵を切るのは、どうやらドラマの中だけだった模様。


     


しかし明治時代に入ると、新政府は近代的国家体制の樹立を目指し、1872(明治5)年3月29日に発布した太政官令で入れ墨刑を廃止すると同時に、装飾目的であっても入れ墨を入れることを禁止。

(とはいえ、その間外国の皇太子などが来日時に入れ墨を入れています。

それだけ日本の彫り師の技術が高かったということなのかも。)


この禁止令が解かれるのは、1948年のGHQ占領下でのこと。

しかしその後入れ墨を彫り込むのは、ヤ〇ザやマフィアの構成員がそれを誇示するため・・・というイメージが強かったことは否めません。

私が小学生時代に銭湯に通っていた時、幼稚園児くらいの子が

「このおじちゃん、背中に変な絵があるョ~。」

と指差して笑い、父親が慌ててその子を抱えて浴場から出て行ったのを目撃した記憶があります。

現在では銭湯はもちろん、ゴルフ場の風呂でも入れ墨を彫った人は入場禁止のところが殆どですから、こういった光景はまず見られないでしょう。


ただ2020年の五輪開催絡みで、入れ墨禁止が緩くなりそうな気配が・・・今後どうなるのか、ちょっと注目です。

さて既に入れている方には愚問ですが、皆さんは自分の身体に入れ墨彫ろうと思いますか?

私は痛いことは嫌いですし、「親からもらった身体に傷をつけるな」 と子供の頃から言われていたので、入れるつもりはなし。

それから、「入れ墨をすると肝臓を傷める」 って、映画 『ミンボーの女』(1992年公開)の主役・井上まひるが言ってましたし。あせあせ

若い方の中には、ファッション感覚でプチ入れ墨ならって思う方もいらっしゃるでしょうが、一度彫ったらそれを除去するには再び痛みに耐えなければならず、更に高額な手術費がかかることを覚悟しておいた方が良いでしょう。

健康保険も適用除外ですし・・・。


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