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30km

現在は東京マラソンを筆頭に、各市町村で大小さまざまな市民マラソンが開催されています。

まさにマラソンブーム全盛の感がありますが、この一般参加型マラソンの草分けと言えるのが、

 青梅マラソン

東京郊外・奥多摩を走り抜けるこの大会の第1回が開催されたのが、今からちょうど50年前の今日・1967(昭和42)年3月5日・・・ホノルルマラソンが始まる6年前のことでした。


        
               第1回大会のスタート

我が国のマラソン・ブームのきっかけとなったのは、おそらく1964(昭和39)年に開催された東京五輪のマラソンで円谷幸吉選手が3位に入り、銅メダルを獲得したことでしょう。

そして次のメキシコ五輪で君原健二選手が銀メダルを獲得し、更に1970年代以降に世界トップレベルの選手が続出したのも、国内のマラソン・ブームが盛り上がったことが要因だと思います。

おそらく青梅市の役人がそのマラソン・ブームに目をつけ、今でいう〝町興し〟を狙ったのが、この大会だったと言えましょうか?

テレビで応援していた日本代表選手と一緒に市民も走ることが出来る・・・これは十分魅力的な企画。

そしてこの栄えある第1回大会には、銅メダリスト・円谷選手が参加。 


大会のキャッチコピーが、「円谷選手と走ろう」だったそうですから、インパクトは十分。


エントリーは一般人30kmに182人・高校10kmに155人の計337人が参加。

謳い文句通り円谷選手も参加し、さすがの余裕で2位に入りました。

      

残念ながら円谷選手はこの10ヶ月後、メキシコ五輪を前に手首を切って自殺・・・この名(?)キャッチコピーは、第1回大会限りとなってしまいました。

しかし同大会はその後知名度アップとマラソンブームの隆盛のおかげで徐々に参加者が増え、

定員は30kmで15,000人、10kmで4,000人という、全国で10位前後の規模を維持しています。

(1位は約3.7万人の東京マラソン、2位は約3.2万人の大阪マラソン)

ただ、ここでひとつ気になるのは、その距離。

なぜ42.195kmでなく30kmなのか?

実はこの距離は第1回大会から頑なに守られているんですが、これはコースの高低差がキツく30kmで通常のフルマラソンと同じ負担が選手にかかるからだとか。

故に同大会はIAAF(国際陸連)にも公認されているレースなんです。

但しそれはマラソンとしてではなく、ロードレースとしてですが。

当日は約5万人の市民がコース全体を声援で包むアットホームなこの大会に、皆さんも是非参加してみてください。

目指すは、同大会30kmで唯一1時間30分の壁を突破した、往年の名選手・瀬古利彦選手が1980年に叩き出した1時間29分32秒!

・・・って、素人には無理か。

でも現在同大会は毎年2月の第3日曜日に開催されていますから、次回大会まで11ヶ月あまり・・・十分トレーニングする時間はありますョ!

えっ、お前は出ないのかって?

私は生来心臓が弱くて、長距離走は医者から止められているんですワ。あせあせ

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