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被 曝

今日は、〝ビキニ・デー〟・・・といっても、決して水着の記念日ではありません。

今から63年前の今日・1954(昭和29)年3月1日に、アメリカが太平洋・ビキニ環礁で水素爆弾の実験を行い、この際に近海で操業していた多くの漁船が〝死の灰〟と呼ばれた多量の放射性降下物を浴び、被曝した事故を指します。

特に有名なのが、


 第五福竜丸


当初アメリカが設定していた危険区域外で操業していた同船ですが、爆発の威力が想定より激しかったことと、延縄の回収に時間がかかったために数時間にわたり船体と共に23人の乗組員が被曝したのです。

 


3月14日に焼津港に自力で帰港した同船は、高い放射線量が検知されたため、人家から離れた場所で鉄条網に囲まれて係留。

そして当時40歳だった久保山無線長が、半年後の9月23日に死亡。 


彼が 「原水爆による犠牲者は、私で最後にして欲しい」 という遺言を残して亡くなったことを新聞などのマスメディアが報じたことで、国内の反核運動は一気に盛り上がりました。

    


私は中学生時代にこの福竜丸事故について、教師から 「水爆実験の放射能を浴びて亡くなった」 と教えられましたが、おそらく皆さんも同様だったのではないでしょうか?

同船や乗組員が被爆したのは事実・・・ですが、実は久保山氏の死因は放射能ではありませんでした。


病理解剖によると、彼の死因は肝炎。 

放射能は、この病気の原因にはならないのです。

実際、彼の肝臓に蓄積されていた放射能は130ベクレル/kgで、通常の120ベクレル/kgと殆ど変わりませんでした。

彼は帰国後全血液を輸血で入れ替えたため、血液感染で肝炎になった可能性が高いとのこと。

他の船員についても放射線医学総合研究所が長期にわたり追跡調査したところ、2003年までに死亡した12名の内訳は、肝がん6名、肝硬変2名、肝線維症1名、大腸がん1名、心不全1名、交通事故1名。


つまり大半は肝臓障害なのですが、これも当時売血による輸血によって細菌感染したと考えるのが妥当。

またその他の漁船で操業中にビキニ環礁で被爆した241人中死亡したのか77名で、そのうちガンで亡くなったのが26名。

つまり一般的な日本人のガンによる死亡率1/3とほぼ同じですから、やはり放射線被爆が直接の原因とは考えられませんし、第五福竜丸の乗組員のように突出した肝機能障害は見られませんでした。

当時は今と違ってネットはありませんから、一般国民が情報を得られるのは新聞・テレビ・ラジオだけ。

マスメディアが科学的根拠もないままに、この事件を利用して張った〝反核キャンペーン〟にまんまと乗せられた、というのが真相と言えましょう。

また被曝した乗組員には、反核運動を収めるべくアメリカから1人当たり200万円という破格の見舞金が支払われましたが、補償されたのは第五福竜丸の乗組員だけだったことから他の被爆者からやっかまれ、彼らは漁業を続けることができなくなったとか。

また放射線に対する風評被害を恐れ、福竜丸が帰港した翌日に水揚げされたマグロはセリにかけられることなく土に埋められるなど、漁業全体に深刻な影響を及ぼしました。

プラスになったのは、この事故をキッカケに映画 『ゴジラ』 が誕生したことくらいでしょうか。

ちなみに第五福竜丸は、1967年に廃船となりエンジンなど主要部品を取り外された後、東京・夢の島近くの埋立地に廃棄。

それを見つけた都職員らによって保存運動が起こり、現在は夢の島公園内の 『第五福竜丸展示館』 に永久展示されています。

事の経緯を鑑みるに、果たして展示する意味があるのかどうか・・・私には疑問ですが。
うー


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