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酌 量

昨年来、裁判員裁判で出された死刑判決を上級審が差し戻す事例が複数回出始め、司法に対し不信感を持ち始めた私が、また首を傾げたくなる判決が一昨日出されました。

昨年9月に、都内のラーメン店で座席を巡ってトラブルとなった男性客(当時49歳)の腹部を踏みつけるなどして死亡させた38歳の被告に対し、東京地裁が懲役7年を言い渡したのです。

そもそも人の命を奪いながらなぜ殺人罪ではなく傷害致死罪での起訴になったのか?

どうもその理由は被告が凶器を持っていなかったことから明確な殺意を立証できなかったようですが、この被告は体重120kgの元ラグビー選手。

その大男が厚底のブーツで何度も蹴ったり踏みつけたりするのは、殆ど凶器を持っているのと同じだと思えるのですが。

一般的に空手家やボクサーが喧嘩で人を殴れば、凶器で人を襲ったものと見做されます。

なぜこの件に関しては同様の判断が適用されなかったのか?

それからもうひとつ納得できないのが、トラブル直後にこの被告が味噌ラーメンと半チャーハンを注文し悠然と食べていた点に関して。 被告は


「このままだと相手は死ぬと思った。 

(どうせ)刑務所に行くから最後の晩餐だと思った。」

と供述しており、検察は相手が死ぬことを予見しながら助けようともせず食事を続けたことを重視して懲役10年を求刑していました。

ところが裁判所の見解は、

「眉をひそめるべきことではあるが、刑罰の目的に有意なものとは言えない」

として、この行動を量刑に考慮する必要を認めなかったのです。

私はこれ、おかしいと思うんです。

もし犯人が我に返って自ら救急車を呼んだり介抱したとしても、何もしないどころか悠然と食事を続けた場合と判決が変らないということ・・・これで良いのでしょうか?


      ウォームハート 葬儀屋ナベちゃんの徒然草


過去の殺人犯に対する判決で、よく裁判所が「犯人に反省が見られる」として情状酌量をするケースがあります。

それは被告が法廷で謝罪したり反省の弁を述べるなどしたことに基づくのでしょうが、はっきり言ってそんなことはいくらでも演技できます。

極刑を免れるためなら、誰でも必死になるでしょうし。

ですから私は反省云々を量刑に反映させるべきではないと考えます。
人を殺した後にいくら反省したところで、被害者は戻ってきませんから。

むしろ今回のケースのように助けようと思えばそれができたのに、それをしなかったばかりか被害者が足元にうずくまっている状況でラーメンを食べ続けた被告には、むしろ刑を重くして然るべきなのでは?

この状況を考慮しないと言うなら、殺人犯に対し反省しているからという理由で量刑に酌量を加えるのは司法の矛盾だと私は思うのです。


傷害致死罪の判例は、一般的に懲役3~20年だとか。

店内でトラブルになった原因について被害者にもある程度の過失があったとはいえ、比較的軽い7年・・・仮釈放が認められれば6年かそれより前に娑婆に出られる判決。

もし皆さんが被害者遺族だったら、納得できるでしょうか?
もし皆さんが被害者遺族だったら、納得できるでしょうか?



日本国憲法第14条では、「すべて国民は、法の下に平等であって・・・」と謳っていますが、現在の司法判断はこれに違反しているとしか思えません。

被害者の人権より加害者のそれを優先しているようにしか見えませんから。うー

     
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