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幼 妻

6年前の大河ドラマ 『江~姫たちの戦国』 で人気子役の芦田愛菜ちゃんが幼少期を演じたことをご記憶の方もいらっしゃるでしょう。

今日はその戦国時代に運命を翻弄された女性、


 千 姫

の命日にあたります。


1597(慶長2)年に徳川家康の三男・秀忠と、彼の正室で浅井長政の三女・江との間に生まれた彼女は、何と7歳で11歳の豊臣秀頼と結婚させられます。

幼な妻というより、完全なる子供・・・しかし、この2人は大変仲睦まじい夫婦だったとか。

しかし歴史は彼女に過酷な運命を強います。

1615(慶長20)年には大坂・夏の陣で夫・秀頼は母・淀殿と共に自害。
※秀頼に関する関連記事は、こちら。(

  http://ameblo.jp/warmheart2003/entry-11920199899.html  
 

この時は祖父・家康の命により、彼女は炎上する大坂城から救出され一命を取り留めました。


そしてその翌年、今度は桑名藩主・本多忠政の嫡男・忠刻と結婚・・・しかしそのお輿入れの行列を襲撃するというテロ未遂事件が発覚。

      

襲撃を計画したのは、津和野藩主・坂崎直盛。

なぜ彼がこんな大それたことを画策したのか?


実は大坂城から千姫を救出させる際、家康が 「助けた者に千姫を与える」 という成功報酬を公言。

豊臣方の武将・堀内氏久が彼女を直盛の陣まで届けた後、直盛が秀忠の元に送り届けたことで、直久は美人の誉れ高い千姫を嫁に出来る・・・と思いきや、本多忠刻との縁談が決まってしまったのです。

一説には救出の際に直盛が負った火傷を見て、千姫が輿入れを嫌がったという話ありますが、ともあれ直盛にすれば 「話が違う!」 と怒るのも無理ない話。


しかし映画 『卒業』 のように花嫁奪還はうまく行かず・・・計画は事前に幕府に漏れ、直盛は家臣に殺され坂崎家は改易に。

一方、無事忠刻の妻となった千姫の幸せも、長くは続きませんでした。

1619(元和5)年に生まれた長男・幸千代が僅か3歳で夭折。


更に1626(寛永3)年には夫・忠刻、姑・熊姫、更には母・江が次々とこの世を去り、千姫はまたもや29歳で未亡人に。


本多家を出た千姫は江戸城に戻ると出家し、天樹院と号して娘の勝姫と共に竹橋の屋敷で過ごしましたが、後に弟・家光の三男・綱重と共に暮らすように。

これにより千姫は大奥で権力を持つようになったそうですが、1666(寛文6)年2月6日に70歳で天寿を全うしました。


激動の前半生を最期に振り返った時、彼女自身は幸せな生涯だったと思ったのかどうか・・・?

それにしても、美人は周辺の男性の運命をも狂わせる魔力があるようですネ。

幸か不幸か、私には全く関係ない事ですが。あせあせ


 


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