FC2ブログ
更 迭
私が田中角栄氏を尊敬していることは、拙ブログ読者の皆さんならご存じのはず。

その角栄氏の愛娘といえば、

 田中 真紀子 

親父さんそっくりのダミ声と、これまた親父さん譲りの演説のうまさで高い人気を誇っていましたが・・・その彼女が自らが応援して総理にした小泉純一郎氏から突然外務大臣を更迭され、新外相に川口順子氏が任命されたのが、今から15年前の今日・2002(平成14)年2月1日のことでした。


更迭された直接の要因は、北方領土返還を巡る方針や、自ら〝伏魔殿〟と称した外務省改革に関して、鈴木宗男衆院議員や外務官僚と対立したこと。

ごく短期間に事務方の秘書が4人も交代し、また国会の質疑で田中外相と外務官僚の発言が食い違い国会が紛糾したため、小泉総理が田中外相と外務事務次官双方を1月29日に更迭することで喧嘩両成敗とし、また鈴木宗男議員も衆院の議運委員長を辞任させることで事態の収拾を図ったのです。


翌1月30日付で外務大臣はいったん小泉総理が兼任し、その2日後川口氏を任命するというドタバタ劇でした。

  

クビを言い渡された直後に 「一生懸命やってきたつもりだったんですが・・・」 とカメラの前で涙を流した彼女を見て、多くの国民が同情。


それまで80%以上という驚異的な支持率を誇っていた小泉総理もすっかりヒール役となり、人気は急落。

といっても、50%台は維持していましたが・・・。

しかし今、皆さんはこの更迭劇をどう思われるでしょうか?

私は至極真っ当な判断だったと考えます。

彼女が小泉総理誕生の論功行賞(?)として外相に抜擢されたのは、第一次小泉内閣が発足した2001年4月。

外務省を改革しようという意気込みがあったことは認めますが、しかし彼女の名が報じられるのは、トラブルやスキャンダルばかり。

アメリカのミサイル構想を批判したり、そのアメリカ大統領の緊急避難先を会見の席で漏らしたり。

また指輪を失くしたと騒いだ挙句、外国要人との面会に遅刻したり、小泉総理の靖国参拝を批判したりと、言いたい・やりたい放題。

そして私が彼女を見限ったのは、外相就任直後の5月1日。

当時北朝鮮のトップ・金正日の長男・金正男と思われる人物が出入国管理法違反で成田空港内で身柄拘束された際、彼女はすんなり彼を国外に出国させてしまったこと。 


この際、田中外相が

「そんな人間を日本に置いといて、北朝鮮からミサイルが飛んで来たら大変なことになる。 すぐに追い出さしなさい。」

と発言したと伝えられました。 

本人は否定していますし真偽は不明ですが、拉致被害者がまだ多数残されている状況下で交換条件を北朝鮮に提示するなど何らの策も講じずただ出国させたことで、私は彼女の能力の限界を悟りました。


(もちろん彼女の単独判断だけだとは思っていませんが・・・。)


確かに彼女の演説は、聴衆を惹きつけます。

『変人・凡人・軍人』 とか 『パックン首相』 とか、人物評を端的かつインパクトのあるフレーズで表現する能力はピカイチですし。

私も以前、彼女が夫・直樹氏の応援演説を聞いたことがありますが、主人公であるはずの直樹氏の演説は10分程度。

「早く奥さんに替われ!」 なんてヤジが飛んで
マイクが奥さんの手に渡ると、あとは独演会。

散々しゃべって会場を盛り上げた後、彼女はこう言いました。

「皆さん、投票用紙に真紀子って書いちゃダメですョ。 直樹ですからネ!」

そこでまたドッと歓声が沸いたのですが・・・ご主人の心中、いかばかりだったのか。

しかしよく演説を聞いていると、出てくるのは他人や現政権の批判ばかり。

父・角栄氏の演説は、具体的な数字を並べて政策を訴えていましたが、声色はそっくりでも中身は段違い。

これでは選挙区の有権者の支持を得続けることはできないでしょう。

結局彼女は更迭された数ヶ月後に秘書の給与流用疑惑で辞職に追い込まれ、ご主人共々民主党に鞍替えして一度は当選し文科相を務めたものの、その後は地元に見放され落選・・・現在は政界から遠のいています。

父・角栄氏は、いみじくも〝決断と実行〟をスローガンに掲げ、実際に成果を出しました。

しかし残念ながらお嬢さんは政治家として一番肝心なその言葉を受け継ぐことはできなかったようです。

政治家を演説の上手さや血筋だけで選んじゃダメっていう好例ですネ。うー



                   

 人気ブログランキング



スポンサーサイト



コメント
コメント
コメントの投稿
URL:
本文:
パスワード:
非公開コメント: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
トラックバック URL
トラックバック