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金 鯱

〝伊勢は津で持つ 津は伊勢で持つ 尾張名古屋は城で持つ〟

『伊勢音頭』 の有名な一節ですが、その歌詞通り名古屋のシンボルといえば、名古屋城。 そしてこの城の代名詞と言えるのが

 金の鯱 (しゃちほこ)


1612(慶長17)年に天守閣が竣工した当時から、慶長小判1,940枚分・・・約215kgの純金を使用した雄・雌一対の鯱が燦然と輝いていたそうな。

ただその後藩の財政悪化に伴い3回にわたって金板の改鋳が行われ、最後には光沢の鈍りを隠すため金網で覆ったそうですが・・・。

とはいえ、腐っても鯛というか鈍っても鯱というか・・・屋外にむき出しになっている金板を盗もうとする輩はいるもの。

江戸時代、大凧に乗って天守の屋根に上って鱗を盗んだという大盗賊・柿木金助の逸話がありますが・・・残念ながら、これはフィクション。 


実話としては1871(明治4)年には陸軍名古屋分営の番兵が足場を伝って天守閣に登り、鱗3枚を盗むもすぐに捕まり銃殺刑に。

その5年後には展示のため東京博物館に保管されていた鯱からやはり鱗3枚を盗むも御用となった犯人は、懲役10年に。

更に1878(明治11)年12月には、またしても鎮台名古屋分営の兵士が補修中の鯱から鱗を盗ったのですが、この件は軍秘とされ犯人の処罰は不明・・・まぁ前例からしてタダでは済まなかったとは思いますが。

そして今からちょうど80年前の今日・1937(昭和12)年1月6日、史上最大の盗難事件が発覚したのです。


       


1930年に名古屋城は宮内庁から名古屋市に下賜され、天守閣は国宝に指定されると同時に市民に一般公開されました。

それに伴って名古屋市が城の実測調査のため足場を組んでいたのですが、元ミシン工だった犯人はそこに着目。

1月4日に新年の見物客に紛れて小天守に入ると、そのまま隠れて夜を待ちます。

そして誰もいなくなった夜10時過ぎ、天守閣に行き5階の窓から足場を伝って頂上に登り、110枚のうち58枚の鱗をペンチを使って剥がしたとか。

かなり重かったと思うのですが、犯人はそれを担いで(?)まんまと逃走。

1月6日に名古屋市建築局の職員が鱗の盗難に気付いたから大変。


しかしお上の恥になるとばかりに、名古屋県警は報道規制をかけた上で全国に指名手配。


そして同月27日・・・鯱を溶かして鋳直した延べ棒を出身地・大阪の貴金属店に売り込んだところをあっさり御用となり、懲役10年の実刑を食らいました。

現在の金鯱は、特殊な5角形のボルトで鱗を止めてあるそうですので、市販されている工具では外せないとのこと。

いくら金に困ったからといって、55mの高さまで鱗を盗りに登っても無駄・・・〝骨折り損のくたびれ儲け〟ですョ。

余談ですが、一対の鯱は微妙に大きさや形状が違うのだそうです。



           雄           

 ◆ 高 さ    2.621m    2.579m
 ◆ 重 量    1,272kg    1,215kg
 ◆ 金 量    44.69kg     43.39kg 
 ◆ 鱗 数      112枚      126枚

えっ、左右どちらが雄かって?


それをここで教えたら、ワヤだがね。
おみゃーさんが名古屋に行って確かめてちょう。あせあせ




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