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予 見

今からちょうど130年前の今日・1885(明治18)年3月16日、『時事新報』 という新聞に


 脱 亜 論


と銘打たれた、字数2,200・400字詰原稿用紙5枚半分の社説が掲載されました。

当日は無署名だったものの、後日 『続福澤全集』 に収録されたことで執筆者は慶應義塾の創立者・福澤諭吉先生であとされるこの主張は、現在の日中・日韓関係を予見したかのような内容であり、私は大いに頷けるものだと思います。


元々慶應義塾は1881(明治14)年から朝鮮人の留学生を受け入れており、福澤先生は彼を通して朝鮮への理解を深めておられました。

そして朝鮮への文化的誘導の必要性を感じ、来日した朝鮮使節の依頼に応じて慶応義塾の門下生数名を紹介し、新聞を発行させるべく現地に派遣。

しかし一旦は認められた発行が守旧派の巻き返しにより頓挫し、また清国からの圧力により一人が帰国させられる事態に。

また朝鮮内の内乱により独立党の幹部やその家族が残忍な処刑によって殺害されるに至り、福澤先生は朝鮮および清国に対し大きな絶望感を抱いた中、この小論文が書かれたものと推察できます。


        ウォームハート 葬儀屋ナベちゃんの徒然草


それでは、その脱亜論を以下に現代語訳・抜粋にてご紹介致します。

          ◆     ◆     ◆     ◆


世界の交通の道は便利になり、西洋文明の風は東に進み、至るところ、草も木もこの風になびかないことはない。


 (中 略)

近代西洋文明が日本に入ったのは、嘉永の開国を発端とする。


国民はようやくそれを採用するべきことを知り、しだいに活発の気風が生じたものの、進歩の道に横たわる老害の幕府というものがあり、これは如何ともし難かった。 


ここにおいて、我が日本の人士は、国を重く、幕府を軽いとする大義に基づき、また、幸いにも神聖なる皇室の尊厳によって、断固として旧幕府を倒し新政府を樹立した。

幕府を保存しようとすると、文明は決して入ってくることができない。


なぜかといえば近代文明は日本の旧体制と両立するものではなく、旧体制を改革すれば、同時に幕府も滅亡してしまうからである。

だからといって、文明を防いでその侵入を止めようとすれば、日本国の独立は維持できなかった。


なぜならば、世界文明の慌しい情勢は、東洋の孤島の眠りを許すものではなかったからだ。 


官・民の区別なく、国中が一切万事にわたって西洋近代文明を採り、ただ日本の旧法を改革したばかりではない。


アジア全域の中にあって一つの新機軸を確立し主義とするのは、ただ脱亜の二字にあるのみである。


日本の国土はアジアの東端に位置するのであるが、国民の精神は既にアジアの旧習を脱し西洋の文明に移っている。


しかし不幸なのは、支那と朝鮮という2つの隣国があることである。


この2国の人民も古来よりアジア流の政治・宗教・風俗に養われてきたことは、我が日本国民と異ならない。


だが人種の由来が特別なのか、または同様の政治・宗教・風俗の中にありながら遺伝した教育に違いがあるためか、日・支・韓の三国を比較すると支那・韓国は日本よりかなり近いのである。

この二国人たちは、自分の身の上についても自国に関しても、改革や進歩の道を知らない。


交通便利な世の中にあっては文明の進化を見聞きしないわけではないが、その見聞は心を動かすことにならず、古くさい慣習にしがみつくありさまは、百千年の昔と同じだ。

現在の急激な文明発達の時代に、教育を論じれば儒教主義といい、学校で教えるべきは仁義礼智といい、一から十まで外見の虚飾ばかりにこだわり、実際においては真理や原則をわきまえることがない。

そればかりか、道徳さえ地を掃いたように消えはてて残酷破廉恥を極め、なお傲然として自省の念など持たないようだ。

筆者からこの2国をみれば、今の文明東進の情勢の中にあって、とても独立を維持する道はない。 (中 略)


「輔車唇歯」とは隣国が相互に援助し合う喩えであるが、今の支那・朝鮮は我が日本のために髪一本ほどの役にも立たない。

のみならず、西洋文明人の眼から見れば三国が地理的に近接しているため、時には三国を同一視し、支那・韓国の評価で我が日本を判断するということも有り得るのだ。


例えば、支那、朝鮮の政府が昔どおり専制で法律が信頼できなければ、西洋の人は日本もまた無法律の国かと疑うだろう。

支那、朝鮮の人が迷信深く、科学の何かを知らなければ、西洋の学者は日本もまた陰陽五行の国かと思うに違いない。


支那人が卑屈で恥を知らなければ、日本人の義侠もその影に隠れ、朝鮮国に残酷な刑罰があれば、日本人もまた無情と推量されるのだ。


事例をかぞえれば、枚挙にいとまがない。

(中 略)

その影響が現実に表れ、間接的に我が国外交上の障害となっていることは少なくなく、日本国の一大不幸というべきである。


それ故現在の戦略を考えるに、我が国は隣国の開明を待ち、共にアジアを発展させる猶予はないのだ。


むしろその仲間から脱出し、西洋の文明国と進退を共にし、支那・朝鮮に対する接し方も隣国だからと特別の配慮をすることなく、まさに西洋人が彼らに接するように処置すべきである。


悪友と親しく交わる者も、また悪名を免れない。


筆者は心の中で、東アジアの悪友を謝絶するものである。


          ◆     ◆     ◆     ◆


時代の相違や福澤先生の当時の感情が移入しているため、一部現代と馴染まない表現はありますが、中・韓に対して我が国がとるべきスタンスを誠に鋭くかつ的確に見抜かれていると思います。

脱亜の亜とは、アジア全ての国ではなく、中・韓2国を指す・・・そう考えれば、全く違和感がありません。

よく 「お隣り同志なんだから、仲良くすべき」 と仰る方がいらっしゃいますが、全ての人が隣人と仲良くしているのでしょうか?

またそうしなければ、日常生活で何か支障があるのでしょうか?

私は、お隣さんであっても理解しあえなければ交流を絶っても構わないと思います。

そしてたとえ遠くであっても、親日国をもっと大切にして親密に付き合うことが外交上有益だと思うのですが・・・皆さんはどうお考えでしょうか?

          

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