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一石二鳥

首都圏にはいくつもの公園がありますが、その中でも最もデート向きな雰囲気が漂うスポット・・・といえば、


 山下公園


でしょうか。


横浜市中区山下町にあることからこの名がついたこの公園が開園したのは、今から85年前の今日・1930(昭和5)年3月15日のことでした。

近くにある横浜スタジアムのグラウンド6面分・74,121㎡という広大な面積を誇り、道を一本渡ればかつてチャップリンやマッカーサー司令長官が宿泊しスパゲティ・ナポリタンやプリン・ア・ラ・モードを生んだホテルニューグランドや、以前灯台だった横浜マリンタワーが聳え、いかにも海浜公園という趣があります。

海に向かって一列に並ぶベンチにカップルで座った経験のある方、沢山いらっしゃるでしょうネ。

私も昔は・・・っと、女房とはまだ行ったことがなかった!ダメだぁ顔


       

ところで、皆さんはこの公園が作られた由来をご存知でしょうか?

実はホテルニューグランド共々、関東大震災の復興事業の一環として建設されたのです。驚き顔
ヘェ~


1923(大正12)年に発生した関東大震災は首都圏に大打撃を与えましたが、その復興事業として当時横浜市の助役だつた楢岡徹氏らが震災の瓦礫を運び込み、4年がかりで海を埋め立て造成したのです。

人心の癒しと瓦礫の処分・・・まさに一石二鳥の妙案ですネ。

開園5年後の1935(昭和10)年3月には復興博覧会が行われ、今でいうパビリオンが建ち並んで賑わいを見せたそうですが、当時は船溜まりでは鯨が泳いでいたそうな。

終戦後一時期アメリカ軍に接収されましたが1959(昭和34)年には解除され、その後整備されて現在の形になりました。

『赤い靴はいてた女の子像』、『すもめの水兵さんの歌碑』 など数多くの記念碑が置かれていますが、同公園の目玉といえば何といっても埠頭に係留されている 『氷川丸』 でしょう。


    


一見ありふれた中型サイズの同船を日本郵船がシアトル航路に就航させたのは、奇しくも山下公園が開園した1930年。

当時最新鋭の大型ディーゼル機関を搭載し最先端の安全性を誇ると同時に、一等客室にはフランス人デザイナーによるアールデコ様式の内装が施された豪華客船として、太平洋戦争前には秩父宮ご夫妻やチャーリー・チャップリンをなどのVIP・有名人をはじめ、約1万人が乗船。

しかし戦争に突入するや政府に徴用され、海軍特設病院船として傷病兵の搬送を行うようになり、終戦までなんと3回も機雷に触れながら沈没せず。


日本の貨客船としては数少ない戦後まで生き残ったこの幸運の船は、戦後シアトル航路に復帰。


1960(昭和35)年に現役を退くまで、太平洋横断254回、運んだ船客は25,000名を超えました。


引退後は山下公園に係留され、現在は 『日本郵船氷川丸』 として300円(※一般料金)で船内の見学が出来ます。
[月曜定休 10~17時 日本郵船歴史博物館見学とセットなら500円]

横浜中華街を訪れた際には、是非山下公園や氷川丸にも足を運んでください。

夜景も綺麗ですョ~。

私もそのうち女王様を連れて行かないと・・・初めて来たふりして。あせあせ





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