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放 談

政治評論家と称する方は過去から現在まで何人もいらっしゃいますが、私が初めてテレビで観たのは、おそらくこの方。

今日は、その〝昭和の御意見番〟とも言うべき

 細川 隆元 

の命日・二十三回忌にあたります。


細川氏は1900(明治33)年に熊本県熊本市に生まれました。

その苗字からお分かりの通り、戦国武将・細川忠興の末裔であり、細川元首相とは遠戚関係。

地元の名門中学・濟々黌から旧制五高(現・熊本大学)から東京帝国大学に進学し、1923年に卒業後は朝日新聞社に入社。

そして政治部長、ニューヨーク支局長。編集局長を務めた後、戦後間もなくの1947年に同社に在籍したまま熊本県知事に立候補するも落選。

直後に退職して同年4月に行われた第23回衆議院議員選挙に日本社会党公認で熊本2区から立候補し当選。

1期務めた後、政治評論家に転身しました。

私がブラウン管を通して細川氏を初めて観たのは、1957(昭和32)年から1987年まで約30年続いたTBSの『時事放談』。

いつからだったかは記憶にありませんが、小学生の頃オヤジと一緒に毎週日曜日の朝はこの番組を観るのが習慣になってました。

            


この番組は、細川氏と藤原弘達氏の政治を中心とした対談でしたが、その番組名の通りまさに言いたい放題。

藤原氏が体調を崩して以降は対談者が加藤寛・慶大教授や経済評論家の斎藤栄三郎氏らが輪番で務められましたが、まぁ視聴者からすれば溜飲が下がる番組だったことは間違いないでしょう。

ただし朝日新聞社出身にも拘わらず
発言内容は決して左寄りではなく、むしろ右寄りとも取れるものも。

例えば南京事件に関しても、

「ワシが朝日新聞の編集局長だった時、南京に特派した記者たちを集めて南京で虐殺事件は本当にあったのかと一人一人に聞いてみた。

(全員が)そのようなことは見たことも聞いたこともない、というはっきりした返事だった。

何万、何十万なんていう虐殺など絶対になかったと、ワシは思う。」

現在の反日左翼メディア・TBSでは絶対にカットされるような発言もなさっていますから。

しかし一方で、1966(昭和41)年にビートルズが来日した際は、日本武道館をコンサート会場に利用することについて激怒し、彼らを〝コジキ芸人〟とこき下ろし、ファンから大顰蹙を買ったことも。

もし現代でそんな発言したらネットで大炎上し、謝罪と謹慎、下手すれば番組打ち切りにまで及んだかもしれません。

まぁそれでもその後20年放送が続いたんですから、ある意味凄いというか長閑な時代というか・・・でも刺々しい風潮の現代より良き時代だったと言えますまいか。

番組終了後表舞台から身を引いた細川氏が94歳で大往生を遂げたのは、1994年12月19日。

その後時事放談は『日曜放談』、『時事放談~政治を叱る』とタイトルを変えて放送が続いていますが、正直現在の放送は観るに堪えない酷い偏向ぶり。

おそらく細川氏が現在の放送を観たら、「まったくもって、けしからん!」 と激怒することでしょう。

当然私も全く観ていませんが。

昭和政界における雷オヤジのご冥福を、懐かしさと共にお祈り致します。笑3





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