FC2ブログ
Unfinished

〝歌曲王〟といわれるオーストリアのフランツ・シューベルトですが、一般的には交響曲


 『未完成』

を作曲したことで広くその名を知られています。

  


ベートーヴェンの交響曲 『運命』 とのカップリングで多くの指揮者・オーケストラからレコード・CDが出され、これを聴いてクラシック音楽に親しみを覚えた方も多いはず。

(※ちなみに、昔売られていたレコードではこの曲を交響曲第8番としていましたが、現在では1978年に国際シューベルト協会が彼の作品を整理したドイチュ目録を見直し改訂した第7番とするのが一般的。)


この曲がウィーンで初演されたのが、今から151年前の今日・1865年12月17日のことでした。


 『未完成』 という名がつけられているのは、通常交響曲は4楽章構成なのに、同曲は第1・第2の2楽章しかないから。


第3楽章以降は最初の9小節だけがオーケストレーションされているものの、残りはピアノ譜のスケッチが残されているだけなのです。

 

             書きかけの第3楽章 自筆譜

シューベルトがこの曲を手掛けたのは1822年。

翌年にシュタイアーマルク音楽協会の名誉会員として指名されたことへの返礼として、同協会の役員だったアンゼルム・ヒュッテンブレナーに第2楽章までの自筆譜が届けられました。

ヒュッテンブレナーは、当然残りの第3・第4楽章の譜面が後から送られてくると思い、届けられた楽譜を協会には引き渡さず・・・やがてこの第1・第2楽章の自筆譜の存在は忘れ去られてしまいました。

そして1865年にウィーンの指揮者ヨハン・ヘルベックがこの楽譜を発見。


作曲されてから実に43年ぶり、シューベルト没後37年を経てようやく初演されたのです。


ではなぜシューベルトはこの交響曲を完成させなかったのか? これには諸説さまざま。


① 最初の2楽章までがあまりに美しくまとまりがあったので、書きかけ
  た第3楽章がそのクォリティに達していないと思い創作を断念。


② 当時の金管楽器ではロ短調の交響曲の完成が困難と判断し、作曲

  の継続を断念。

③ より高い収入に繋がりそうだったピアノ曲『さすらい人幻想曲』の
  完成を優先させた。


等々ありますが、私は別の説を唱えたいところ。

実は彼、他にも未完成のままになっている楽曲を多数遺しているのです。

あまりに多くの作曲を手掛けている中で、「そのうち書こう」 と思ってはいたものの結局手つかずのまま・・・この交響曲も、その中のひとつだったのでは?

つまり未完成は、彼の気まぐれな性格の為せる業だったと思うのです。

もしかしたら、彼の血液型は我が家の気まぐれ女王様と同じB型だったのかも?あせあせ

※お時間のある方は、リッカルド・ムーティ/ウィーン・フィルの演奏でシューベルトの紡ぎだした美しい旋律をお楽しみください。(↓)



           人気ブログランキング

スポンサーサイト



コメント
コメント
コメントの投稿
URL:
本文:
パスワード:
非公開コメント: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
トラックバック URL
トラックバック