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襲 撃

真珠湾攻撃が行われた日の翌日だから・・・というわけではないでしょうが、今から30年前の今日・1986(昭和61)年12月9日に都内で起きた奇襲攻撃に、日本中がビックリさせられました。

 フライデー襲撃事件

飛ぶ鳥落とす勢いだった人気漫才師・ビートたけし師匠が、当時親密交際していた専門学校生に対して写真週刊誌 『フライデー』 の記者が校門で待ち伏せたりテープレコーダーを顔に押し付けたり手を引っ張るなどの強引な取材をして全治2週間のケガを負わせたことに激怒。

「今から行ってやるから」 と電話した上で同日午前3時過ぎに弟子の〝たけし軍団〟メンバーを引き連れて文京区音羽にあるフライデーの発行元・講談社本館にある同誌編集部わ押しかけて抗議。

         


たけし師匠自身は 「一発殴って終わりにして、編集部員も含めてみんなで飲みに行くつもりだった」 そうですが、応対した編集部員が 「これも記事にしますから」 などと挑発したため師匠が激怒。

一斉にもみ合い・乱闘になった挙句、編集部員に肋骨骨折などのケガを負わせ、通報で駆け付けた大塚署員により暴行の現行犯でたけしと軍団メンバーは逮捕されました。

お笑い芸人が出版社を襲ったということで、マスコミ・世論は彼らを激しく非難し、所属事務所が半年間の芸能活動の自粛を発表。

彼自身も釈放後の同月22日に記者会見を開いた後、半年間テレビ・ラジオから姿を消しました。

(後日談によると、沖縄に身を隠してゴルフ三昧だったそうですが・・・。)

          


そして翌1987年6月に東京地裁はビートたけしに傷害罪で懲役6ヶ月・執行猶予2年の有罪判決を下し、確定。

その後しばらくの間、たけし及び軍団は現場復帰出来ませんでした。

確かに良からぬ行為ではあると思いますし、手下の軍団メンバーを引き連れて乗り込むというやり方は賛成できません。

しかし、もし皆さんの交際相手や妻子が同様の強引な取材を受けたりケガを負わされたら、どうするでしょう?

私なら、一人で乗り込んで取材した記者と〝じっくり〟話し合いますネ。

たけし師匠に有罪判決を下した裁判官も、判決文の中でフライデー側の取材手法に苦言を呈したそうですが、記者の行動は一般女性に対するものとしては明らかに行き過ぎ。

更に言うなら、これ以前から他社が彼の家族に対し執拗な取材をしたり無断で写真を撮影するなどの行為が繰り返され、それに対して鬱憤が溜まっていたことも事件の引き金になっていたとか。

前科一犯になったたけし師匠には同情の余地があると思いますし、この襲撃事件によって加熱する写真週刊誌の取材に一定のブレーキがかかった効用はあったといえましょう。

またこの事件について、後にたけし師匠は

「何年か経ったら実に間抜けなお笑いの事件になってると思う。」

と述べたそうですが、確かにこの事件は今ではシリアスさがなくなっていますネ。

その時メンバーとして講談社に乗り込み、「イヤイヤ最後尾について行ってエレベーターに乗ったら、出る時先頭に立たされた」なんてネタ話にしていた東国原氏は県知事になりましたし。

またたけし師匠にしても、休業中にヒマに任せて小学生の問題集を解いていたら意外に面白くて、これが後のヒット番組 『平成教育委員会』 に繋がったり、また事件の処理を巡って太田プロから独立してオフィス北野を設立したことが、後に映画界に進出できた要因にもなりました。

・・・と言いつつ、私には気になることが一つ。

それは、過剰取材を受けてケガをした専門学校生は、今どうしているかってこと。

えっ、それじゃ芸能記者のレベルと同じだろうって?

あはは、でもどんなに興味があっても、私は取材しませんって。あせあせ




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