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美 白

・・・と聞けば、おそらく30歳以上の方ならまずこの方の名を思い浮かべることでしょう。

まったく美容とは無縁な私でも知っている

 鈴木 その子 さん

今日は女性の圧倒的な支持を得て一世を風靡した、この美容・料理研究家の命日・・・早いもので十七回忌にあたります。


        


その子(本名:荘能子)さんは、1932(昭和7)年に東京・目黒区に生まれました。 (※但し有名になる以前は実家を山口県下関市の網元と自ら語っていたそうですが・・・。)

父親が薬科大を出た実業家で薬品や料理に詳しかったせいか、幼い頃から料理好きだった彼女は学習院女子短期大学・食品化学科に進学し、栄養学など基礎を学びます。


そして学生時代にお見合いした鈴木康郎氏と卒業直後に結婚、一男一女をもうけて主婦業に専念しました。

        


お若い頃の鈴木先生(も)、実にお美しいですネ。あせあせ


妻として、また母として幸せな毎日を送っていた彼女の運命を変えたのが、両親を立て続けになくしたことでした。

42歳の時に父親から遺産を引き継いだ彼女には、父親譲りの事業家としての血が疼き出したのか、1974(昭和49)年7月・・・東京・銀座6丁目にトキノという日本料理店をオープン。


当初はごく普通のレストランで店も繁盛したそうですが、ここでまた彼女を悲劇が襲います。


976年に拒食症を患っていた長男が、彼女の目の前で自宅のベランダから転落死してしまったのです。

食の仕事をしていながら最愛の息子を食が原因で失う・・・その衝撃的な出来事が、彼女を食による健康法・肥満防止を目指させることになりました。

長年続けていた〝鈴木(現・SONOKO)式食事療法〟を編み出すとレストラン・トキノをリニューアルし、お客様にダイエットを指南。

それが評判を呼ぶと、1980(昭和55)年に自著

『やせたい人は食べなさい』 (祥伝社・刊)


           


を出版すると、これがミリオン・セラーの大ヒット・・・社会現象にまでなりました。

更に、1990年後半に若い女性の間で流行った〝ガングロ〟に衝撃を受けた彼女は、テレビ番組に出演して彼女らを肌の白いお姫様のように変身させたことで更に有名に。

まるで鶴田一郎氏の美人画のような白塗りの顔に強烈なライトを当てる姿に、私は正直ドン引きしましたが、ある意味強烈なポリシーがあってこその行動・・・おそらく女性は私たち男性とは違う感覚で受け止めたんでしょうネ。

平凡な主婦から一転して大実業家への華麗な転身。

年商90億円を稼ぎ出し、銀座など都内一等地に自社ビルを建てるまでになって功成り名を遂げた彼女でしたが、やはり無理が祟ったのでしょうか?

風邪をこじらせて入院した僅か1週間後の2000年12月5日、68歳で呆気なくこの世を去ってしまったのです。

田園調布にあったホテルニュージャパン社長・横井秀樹氏の邸宅跡地を買い取り30億円の豪邸を建てている最中のことでした。

いくら食事や美容に気を配っても、常に業界の先頭を切って走り続ける彼女の身体はその激務に耐えられなかったのでしょう。

彼女の没後に千葉県成田市内の霊園に建立された巨大な墓地は、メモリアル業界でも大きな話題になったことを憶えています。

流行が激しく変わる美容・ダイエット業界の中にあって、その子先生の存在はなぜ今尚輝きを失っていないのか? 

男性の私も、ちょっと気になるところですが・・・あらためて〝美白の女王〟のご冥福をお祈り致します。笑3




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