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起死回生

現在も苦境が続く出版業界ですが、1923(大正12)年に起きた関東大震災は、同業界を壊滅的状況に追い込みました。

神田の書店街をはじめ駿河台・淡路町まで広がっていた印刷・製本業者の工場・店舗は火災に見舞われ、東京印刷協同組合に加盟する約300社の552工場が焼失。

在庫本も焼失し、翌年の新学期から使用されるはずだった小学校用教科書約1,500万部が含まれていたそうですから、その被害は想像を絶します。

そんな危機的状況を救う、画期的な企画、

  えん  ぽん
 円 本

が発売されたのが、今からちょうど90年前の今日・1926(大正15)年12月3日のことでした。

販売したのは、改造社という出版社で、思いついたのは同社の創業者・山本実彦(さねひこ 1885-1952)氏。

         


山本氏は現在の鹿児島県川内市出身。

実家はかつて地元の名家だったものの明治維新後は落ちぶれて破産寸前だったため、中学を中退し代用教員として沖縄に渡り実家に仕送りを続けた苦労人。

その後上京して日本大学を卒業後 『やまと新聞』 に入社しロンドン特派員を経験した彼は、その後28歳の時に 『東京毎日新聞社』(※現在の毎日新聞社とは無関係)の社長を4年間務め、その後34歳で『改造社』を創業。

総合雑誌〝改造〟を刊行し、賀川豊彦の『死線を超えて』や志賀直哉の『暗夜行路』を掲載、また林芙美子を発掘するなど、出版界の中心的存在となりました。

しかし、そこに襲ってきたのが前述の関東大震災。
改造社も社屋が全焼し前途が危ぶまれましたが、ある社員が

「大震災で本も焼失したが、本は一般人にとって高価で手が出ない。 安い全集を出版できないか?」

と進言したことで、彼は『現代日本文学全集』の刊行を決意。

それまでの出版界の常識を打ち破る

 ◆ 1冊1円の均一価格
 ◆ 全巻予約制
 ◆ 月一冊配本


というシステムを編み出したのです。

まぁ今でいうならディエゴスティーニみたいな販売方法といえましょうか?

当時の単行本は1冊7~80銭だったそうですが、その10冊分を1冊に収録して1円で売ろうという超薄利多売。


当時の1円は、現在の2,000円くらいだったようですから、その安さは破壊的だったことでしょう。

しかも手元資金のない同社が予約制にしたのは、顧客から先払いで資金を得ようという大ばくち・・・しかし、この目論見は見事に当たります。

新聞に公告が出るや、同社に予約が殺到。

            



23万人、即ち23万円の資金が集まったおかげで、無事最初の『尾崎紅葉全集』は配本され、改造社は息を吹き返しました。

この1円均一の販売法が、その前後に大阪・東京で生まれた1円均一でお客さんを運ぶ〝円タク〟に因んで、〝円本〟と呼ばれるようになったとか。

最終的に予約は50万近くに及んだそうですが、他社も指をくわえてみているわけはなく、新潮社・春陽堂・平凡社等が同様に〝円本〟を発売し、出版業界は再び活況を呈し、ついこの間まで食うにも困っていたのに、円本ブームで突然入ってきた印税で海外旅行を楽しむ者作家まで出る程。


 

 
             『現代日本文学全集』全63巻の一部

また日本で初めて刊行された文庫本シリーズ 『岩波文庫』 も、この円本に触発されて翌1927年に刊行されましたから、出版界にとっては実に大きな影響を及ぼしたアイデアでした。

しかし当然のことながら、一度出した全集は2度と売れず・・・この円本ブームは他社が参入したこともあって、4年後の1930年頃には鎮静化。

とは言え、出版業界を蘇生させるには十分な起死回生のアイデアであったことは間違いありません。

余談ですが、このアイデアを捻りだした山本氏は、このブーム以前に社費をかけて高名な哲学者・数学者のバートランド・ラッセルを、そして彼の推薦を受けてあのアインシュタイン博士を日本に招聘しています。

円本ブームの仕掛け人としてだけでなく、日本の文化活動に大きく貢献した彼の名を、是非ご記憶いただきたく・・・。





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