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ゼ ロ

・・・と言っても、零式戦闘機〝ゼロ戦〟の話ではありません。

昭和の、あるいは戦後復興のシンボルといえる


 新幹線〝0系〟電車




が定期旅客走行から完全引退して私たちの目の前から姿を消したのが、今から8年前の今日・2008年11月30日のことでした。


1964年10月1日、東京オリンピック開幕に間に合わせる形で開業した東海道新幹線・・・そのために開発されたのが、後に〝0系〟と呼ばれるようになったこの車両でした。


今主力となっているアヒルやカモノハシの顔を連想(失礼)させる新型車両よりも、私にとって新幹線といえばこの〝0系〟なんです。


飛行機を意識して空と雲をイメージした、アイボリーホワイト&ブルーのツートンカラーは、日本海軍の双発爆撃機『銀河』をモチーフにしたとされる、当時としては斬新なデザインの車両にマッチしていましたネ。


その前年まで碓氷峠をギアを噛ませて急坂を登り降りするアプト式電車が走っており、私の郷里・長野から上野駅までは片道8時間以上もかかった時代。

その長野からはるばる上京して初めて東京駅で新幹線の車両を見たのは、私が小学校1年生の頃・・・その滑らかに走る美しい姿に暫し見とれ、


 プァァァァ~ン!

という、聞いたことのない宇宙的(?)な警笛音にビックリした事を憶えています。

         新幹線 0系


それから数年後、初めて東京~名古屋間を新幹線に乗って旅した時・・・それは、初めて飛行機に乗った時と同じ位の感動がありましたねェ。笑2


動き出したかどうか分からないくらい静かな発進、新横浜を過ぎて徐々にスピード・アップしていく車両が、田舎電車のように〝ガタンゴトン〟ではなく、〝カタカタッ、カタカタッ〟という細かい(横触れ)振動だけで走行。


未体験のスピードに緊張で体を強張らせ、肘掛けの間に大きなお尻をすっぽり埋め、手に汗かきながら・・・スッ飛んでいく窓の景色を見続けていたものです。


一方、大昔のTVクイズ番組で、


「新幹線の先頭にある円形カバーの中にはナニが入っているでしょう?」


という問題が出され、『非常用連結器』という正解に何となく意外というかガッカリ。


更に大学生の頃、実際に連結器をむき出しにして走行する不恰好な新幹線を見て、子供の頃の夢を壊された(?)気持ちになったこともありました。


高度経済成長を支え、多くの日本人の希望を乗せて走った0系車両。


〝夢の超特急〟といわれ、最高時速220kmで走行した初期の新幹線も、現在の新型車両に混じって走るにはスピードが足りないのが引退の理由だったとか・・・時代の流れ・技術革新を否応なく感じさせられます。


しかし自動列車制御装置(ATC)や車内信号システム、踏切のない全線閉鎖軌道など、とにかく安全第一を貫いた設計主任の島秀雄氏が、

「新幹線は事故を起こしません。 そのように作りましたから。」

と豪語した通り、開業から44年間の走行で死亡事故は
〝0〟。

※島秀雄氏に関する過去記事は、こちら。(↓)
 http://ameblo.jp/warmheart2003/entry-11901244332.html

まさに〝0系〟車両の名に相応しい実績を残してくれました。

2007年に機械遺産として認定されたこの歴史的な元祖新幹線に乗って、今一度東京~新大阪間を3
時間かけて旅してみたい・・・そう願うのは、私だけでしょうか?笑2



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