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解 体

3、40歳代以下の若い方には〝JR〟という言い方が何の違和感もないでしょうが、私を含め50歳代以上の方には〝国鉄〟という呼称が懐かしく感じる人が少なくないかも。

その日本国有鉄道が解体され、〝JR〟と名の付く複数の株式会社に

 分割民営化

されることになった
日本国有鉄道改革法など国鉄改革関連8法案が国会で成立したのが、今からちょうど30年前の今日・1986(昭和61)年11月28日のことでした。

もともと戦争引揚者の雇用対策として国鉄に大量に採用された職員の高齢化に伴う賃金コストの上昇と、自動車・飛行機の普及による鉄道離れにより、東海道新幹線が開業した1964(昭和39)年から赤字に転落した国鉄。


    

               懐かしい国鉄のロゴマーク

1980年以降は毎年1兆円もの巨額な赤字を垂れ流している一方で、組合活動が先鋭化し違法なストが横行。

国鉄内では手に負えず毎年のように運賃が値上げされ、ますます国民から批判を浴びるという悪循環を繰り返す中、1982年に臨時行政調査会(臨調)が全国一元の組織を地域ごとに分割・民営化することを提案。

当然組合側は猛反発、総評を支持母体とする社会党や共産党は反対。

1985年11月には中核派が通信ケーブルを切断するなどの国鉄同時多発ゲリラ事件を起こして首都圏の国電をほぼ1日マヒさせて抵抗しましたが、これが逆に国民の反感を買うことに。

そして翌1986年7月にこの分割民営化を争点にした衆参同時選挙が行われ、自民党が圧勝。

一気に民営化へと勢いがついたところは、小泉内閣が決断した〝郵政民営解散〟と流れが似ています。

上記関連法案が可決され、国鉄は現在のJR各社(北海道・東日本・東海・西日本・四国・九州)と、現在は各社に吸収されましたがJR貨物・新幹線鉄道保有機構など12社に分割され、翌1987年4月1日に民営化が実施されました。

さて、分割民営化されたことで国鉄時代と何が変わったか?

まずは(消費税の増税以外に)運賃の値上げがなくなったこと。(

     



それに利用客に対する対応・サービスの向上。

私自身、小学生の頃に長野駅で賃上げ要求のビラがベタベタ張られた車体にバケツの水をかけて剥がそうとした職員に、制服のボタンを外した半グレのような組合員が多くの乗客の前で掴み掛かるのを目撃した記憶がありますが、今ではそんな醜態を晒すことはまずなくなりました。

更に事故件数も大きく減少。

(1988年度900件だった事故は、2002年度には468件。)

これらは、明らかに活動家たちの排除が功を奏したともの。

それが証拠に、彼らが生き残っている一部JR社では未だに信じられない初歩的なミスによる事故が多発していますから。

当事者のご苦労は想像を絶するものがあったと思いますが、間違いなく中曽根内閣の歴史に残る大事業だったと言えましょう。


また地方にはまだ赤字路線がありますが、今後事業の多角化で利益を出しつつ住民の足としてその役割を全うしてほしいと思います。

しかしここで思うのは、国鉄の分割民営化はそれなりの成果があったのに、郵政民営化に関してはその改革が目に見えないというか実感できないというか・・・。

その違いは、一体何なのでしょう?うー






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