FC2ブログ
虚 報

政府や会社・マスコミなどの組織が、自らの都合が良い内容で事実と異なることを公表する・・・これをよく〝大本営発表〟と言いますょネ。 この

 大 本 営

は、戦時中のみ陸軍および海軍を支配下に置く天皇直属の最高統帥機関として1893年に公布された戦時大本営条例によって法制化されました。

天皇の命令(奉勅命令)を大本営命令(大本営陸軍部命令=大陸命、大本営海軍部命令=大海令)として発令する最高司令部という位置づけであり、日清戦争・日露戦争時にそれぞれ設置されました。

しかし今から79年前の今日・1937(昭和12)年11月18日・・・つまり大東亜戦争前、支那事変の最中にも設営されたのです。

正式な戦争時ではなかったのですが、従来の条例を廃止し新たに『大本営令』を制定して設営・・・つまり、それ程軍部内には危機感があったと言えましょうか。


さて、冒頭にご紹介した悪名高き(?)大本営発表の第1回目は、1941(昭和16)年12月8日午前6時に行われました。

「大本営陸海軍部発表。 12月8日6時。 帝国陸海軍は今8日未明、 西太平洋において米英軍と戦闘状態に入れり。」

そう、真珠湾攻撃によってアメリカ・イギリス軍と開戦したという発表でした。

       



この画像は、多くの方が見覚えがあると思います。

映像は、こちらでご覧ください。(↓)
  https://www.youtube.com/watch?v=EKIhimxogMw


しかし実はこれ、発表後記録用に録画したもの。
原稿を手にしている大平秀雄・陸軍報道部長の声が全国に流れたのは、後に作られたニュース映画でのこと。

実際に発表1時間後の午前7時にNHKラジオ放送で流されたのは、こちらのアナウンサーの読む臨時ニュースでした。(↓)
 http://www2.nhk.or.jp/shogenarchives/sp/movie.cgi?das_id=D0001400316_00000


この大本営発表は、終戦直後の1945年8月26日まで延べ846回行われ、『大本営令』 は同年11月30日に廃止されました。

(もっとも日本軍としての発表は8月14日の840回までで、残りの6回は帝国政府発表として連合国軍の日本占領にに関わる事項の公表だったそうですが・・・。)

初回の発表がそうであったように、戦局が好調だった当初は詳細な発表が為され信頼度は高かったとか。


しかし1942年のミッドウェー海戦に於いて日本軍は空母4隻とその艦載機全てを失う大敗を喫したにもかかわらず、

「空母ホーネット、エンタープライズを撃沈、敵航空機120機を撃墜。
 我が方の損害は空母1隻・重巡洋艦1隻沈没、空母1隻大破・・・。」

などと、
あたかも日本軍が勝利したかのような発表を行った辺りから事実と違う内容になり始め、やがては撤退を〝転進〟、全滅を〝玉砕〟というすり替えが常態化。

この大本営発表を鵜呑みにした指揮官が作戦を誤り更に犠牲を増やすという事態まで起きました。

もっとも、敵国アメリカでもラジオ・トウキョウを通じた大本営発表を真に受けた投資家たちが投げ売りして株価が暴落、アメリカ政府が慌てて

「日本の発表は真実ではない」

と声明を出して沈静化を図るという、思わぬ効果(?)もあったそうな。


もう終戦から70年以上経つのに、未だに使われる忌まわしい〝大本営発表〟・・・もう死語になって然るべきなのですが、残念ながら〇日新聞など平気で捏造報道を続けるマスメティアが存在する限り、今後も使われることでしょう。

いっそのこと〝〇日新聞発表〟に変えればいいのでは?うー



            人気ブログランキング


スポンサーサイト



コメント
コメント
コメントの投稿
URL:
本文:
パスワード:
非公開コメント: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
トラックバック URL
トラックバック