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名調子

中高年プロ野球ファンなら、一度ならず彼の実況放送を耳にしたことがあるはず。

同じ苗字だったこともあり、私は彼の実況が大好きでした。

今日はその、やや高くも心地良い声で立て板に水の如く試合の模様を視聴者に伝えてくれたスポーツ・アナウンサーの草分け、

 渡辺 謙太郎 


の命日・没後10周年にあたります。

渡辺アナは1930(昭和5)年に東京都で生まれました。

早稲田大学文学部在学中に軟式野球部に所属していた彼は、卒業後ラジオ東京(後のTBS)にアナウンサー2期生として入社。

1955年4月にラジオ東京テレビ初の野球中継となった東京六大学の明治対法政の実況を担当して以降、主としてスポーツ中継実況担当として活躍。

1964年の東京五輪では開会式や柔道などのラジオ実況を、そして次のメキシコ五輪・ミュンヘン五輪では民放アナ代表として開会式の実況を担当するなど、その世界の第一人者として活躍されました


           


1977年9月3日に巨人・王選手が世界新記録となる756号本塁打を放った時には、

「王、万歳っ! 皆さんと共に、心からおめでとうと言いましょう。」

と実況。 いかにも温厚な〝謙太郎節〟ですが、実はご本人は

「歴史的な一瞬だったのだから、何月何日何時何分と日時を言っておくべきだった」

と後悔していたとか。 さすが一流プロの向上心は違いますネ。

プロ野球実況中継では、大阪・朝日放送の植草貞夫アナと〝東の渡辺・西の植草〟と並び称されましたが、1980年には朝のワイドショー番組のキャスターを務めたことも。

その5年後にTBSを定年退職した後はフリーのアナウンサーとして活躍する一方で、メディア・スタッフ社の代表取締役会長も兼務。


私が渡辺アナの姿を最後にテレビで見たのは、テレビ東京の『日蔭温子の日立サンデーゴルフ』だったと思いますが、この番組内でもあの笑顔を振り撒いてましたっけ。

その渡辺氏が心不全により77歳でこの世を去ったのは、2006年11月14日。

ここで、生前の〝謙太郎節〟をお聞きください。(

       https://www.youtube.com/watch?v=6-gC600KPBk


最近のスポーツ実況では、中南米のサッカー中継よろしくやたらに絶叫するアナウンサーが目立ちます。

あまりに興奮し過ぎて、観ているこちらが引く場面もチラホラ。

若手アナウンサーには、是非渡辺アナをお手本にしてほしい・・・そう思っているスポーツ・ファン、意外と多いんじゃないでしょうか?うー






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