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旗 艦

日本の軍艦というと、多くの方が『大和』や『武蔵』の名を挙げる方が多いと思いますが、それら殆どは終戦までに沈没してしまいました。

しかし、明治時代以降建造された中で唯一現存している軍艦があるのですが、それは?

このクイズの正解は、

 『 三 笠 』


そう、日本海海戦でバルチック艦隊を撃破した連合艦隊の旗艦です。

この由緒ある軍艦が数奇な運命を辿った末に廃船となったものの復元され、その保存式典が挙行されたのが、今からちょうど90年前の今日のことでした。

日清戦争後、ロシア帝国に対抗すべく軍拡を進める日本海軍は、戦艦・装甲巡洋艦各6隻を配備する〝六六艦隊計画〟を立案。

それに基づいてイギリスのヴィッカーズ造船会社に建造を発注し、1902(明治35)年7月に舞鶴港に配備されたのが、奈良県にある三笠山に因んで命名された『三笠』でした。

      



全長131.7m、全幅23.2m、排水量15,140トンの威容を誇る同船の建造費は、現在の貨幣価値で何と約5兆円!

翌1903年12月に、同艦は連合艦隊の旗艦となり、その2ヶ月後に勃発した日露戦争に参戦。

1905年5月27・28日にバルチック艦隊と激突した日本海海戦では東郷平八郎元帥が乗り組んで指揮を執り見事勝利したことは、皆さんもご存知の通り。

       



しかしその後の三笠は、ご難続き。

日露戦争が終結した直後の同年9月には、停泊中の佐世保港内で後部弾薬庫で爆発事故を起こして沈没、乗組員339名が死亡。

修理・復帰後第一次世界大戦時には日本海の警備活動に従事するも、1921年のワシントン条約により、廃艦が決定。

追い打ちをかけるように、1923年9月1日に起きた関東大震災時には岸壁に激突し、浸水・・・そのまま船底が海底についてしまい、20日には帝国海軍から除籍されてしまいました。

しかし国民からは解体を惜しむ声が噴出。

結局現役復帰できない状態にすることを条件に、横須賀に保存されることが決定。

砲塔を木製のダミーにするなどして、1926(大正15)年11月12日にお披露目となったのです。

その後大東亜戦争後には、かつて同艦に煮え湯を飲まされたソ連から解体の要求が出されたものの、対抗するアメリカのおかげでそれを回避。

更に横須賀の駐留米軍の娯楽施設として〝キャバレー・トウゴウ〟が艦上にオープンしたものの、東郷元帥を信奉するニミッツ元帥がこれに激怒し、彼の尽力により復元され現在も横須賀米軍基地に隣接する『三笠公園』に、その雄姿を見ることができます。

※ニミッツ元帥に関する過去記事は、こちら。(↓)
  
http://ameblo.jp/warmheart2003/entry-12038390172.html


         


観覧料金(一般600円、65歳以上のシニア500円、高校生300円、小・中学生は無料)を払えば乗船できます。

東郷元帥が日本海海戦時に5時間立ち続けて指揮した場所には、足跡が示されているそうですから、是非そこに立って司令長官の気分を味わってみてください。扇子



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