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四 股

今からちょうど100年前の今日、今ならワイドショーやスポーツ紙・週刊誌が1ヶ月以上はこのネタで食える程の色恋刃傷沙汰、

 葉山日陰茶屋事件

が起きました。


舞台となったのは、その事件名の通り『日陰茶屋』という割烹旅館で、夏目漱石ら各界名士が利用したという老舗。

※現在は料亭として神奈川県三浦郡葉山町堀内にて営業中。

        


主人公は、大杉栄という政治活動家。

1885(明治18)年に現在の香川県丸亀市で生まれた彼は、父親が陸軍軍人だったこともあり名古屋の陸軍幼年学校に入学。

学科の成績は良かったものの、同級生と喧嘩して傷害事件を起こしたことで退学処分となり、以後社会主義活動に目醒め、後に日本を代表するアナーキスト(無政府主義者)として名を売ることに。

          


まさにバリバリの活動家だったわけですが・・・その一方で彼は女性に関してはまことに開放的と言うかルーズな一面が。

自由恋愛論者だったという彼は、まず既に他の男性と婚約していた堀保子という女性と強引に肉体関係を持ち、略奪結婚(※と言っても、未入籍)。

なのに東京日々新聞の記者だった才女・神近市子と交際し、更に女性運動活動家で英語教師と離婚したばかりの伊藤野枝とも愛人関係に。

          

                   伊藤 野枝


この三角ならぬ〝四角関係〟を、彼は

 ◆ お互いに自立すること
 ◆ 同棲せず別居生活を送ること
 ◆ 互いの自由を尊重すること


という3条件を3人に同意させて窮地を脱しようとしますが、当然こんな都合の良い話は長続きするわけもなし。

殆ど無収入だった大杉を経済的に支えていたのは新聞記者だった市子で
したが、彼はその彼女にウソをついて伊藤野枝を連れ1916(大正5)年11月9日に葉山日陰茶屋へ。

それを知った市子が後を追って2人が逗留していた部屋に踏み込むと、野枝は一人逃げるように帰京。

「金を返せばいいんだろう」 という開き直った大杉の態度に激怒した神近が、持ってきた短刀で首を斬りつけ、重傷を負わせたのです。

市子は海岸に走り出て入水自殺しようとしたものの果たせず、ズブ濡れの着物姿で交番に自首。

この経緯を見れば、市子に同情が集まり、大杉は非難の的になるのは当然のことでしょうが・・・その後それぞれの運命は、それまでの生き様を反映したかのよう。

まず最初の妻・保子は離縁して大杉の許を離れます。

また事件の翌年実刑判決を受けた市子は収監。

2人のライバルがいなくなった野枝は晴れて(?)大杉と暮らすこととなり、大杉との間に5人の子をもうけましたが・・・1923年9月、関東大震災直後に憲兵によって2人は捕えられ、所内で扼殺されてしまいました。(※甘粕事件)

そして釈放された市子は、『婦人文藝』を創刊するなどした後、1953年には社会党から衆院選に立候補・当選して代議士に。

1957年の売春防止法成立に尽力するなどして5期当選後の1969年に政界を引退、1981年に93歳でこの世を去りました。


         
                  神近 市子

結果的には男性に尽くした彼女がその後充実した人生を送ったことが、せめてもの救いとなりました。

人間、真っ当・誠実に生きないとダメ・・・というか、女性の強さを際立たせる事件だったとも言えましょうか。


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