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VHS

今時の若者には、「VHSって、何?」 って言われちゃうかもしれませんネ。

だって、もうビデオテープ・レコーダーがないご家庭も多いでしょうから・・・。

中高年世代なら殆どの方が、その昔家庭用ビデオレコーダーの規格争い・・・いわゆる〝VHS vs β〟戦争があったことをご記憶だと思います。


当初ソニーが各社に規格統一を呼びかけ、先行してベータマックスを開発。 

録画時間60分の小型カセットを開発して1975年に発表・発売。

それに対抗する形で、日本ビクターが今からちょうど40年前の今日・1976(昭和51)年10月31日に発売したのが

 VHSビデオレコーダー HR-3300

でした。(


        


発売当時の価格が256,000円、更に別売の留守録用の専用取り付けタイマーが1万円でしたから、現在なら50万円近い高価な電化製品。


VHS (当初は “Vertical Helical Scanの略称だっものの、後に“Video Home Systemの略称として再定義) の特徴としては、ビデオテープのカセットサイズがβよりも大きかったものの、録画時間が倍の120分だったこと。


当初はソニーが陣頭指揮を執るβ方式が先行していましたが、ビクター・高野鎭雄氏が中心となって(会社上層部に対して秘密裏に)開発を進めたVHS方式が追い上げる展開に。


各メーカーが両陣営に分かれ発売・開発が進められましたが・・・1975年9月3日、〝経営の神様〟・松下幸之助翁が試作品を見て発した


「βは100点満点、しかしVHSは150点満点」


という鶴の一声(?)で、業界最大手の松下電器がVHS方式採用を決定。


それ以降は徐々にVHS陣営が巻き返し、1980年には国内生産比率が逆転、85年にはVHSが実質的な世界基準となったのです。


※幸之助翁がVHSを評価したのは、部品点数が少なく軽かったことが決め手だったといわれています。 

「お客様が買って自分の手で持ち帰り、すぐにビデオを観られなアカン。」・・・さすがは『経営の神様』の発想ですネ。


この家電業界の伝説ともいえる10年間にわたるビデオ競争に関して詳しく知りたい方には、この書籍をお勧めします。

『映像メディアの世紀』 (佐藤正明・著 日経BP社・刊)


        


またビクター・高野氏の開発秘話に関しては、西田敏行さんが同氏を演じた映画 『陽はまた昇る』(2002年公開)があります。

しかし私がこのビデオ戦争に関連して一番感動したのは、NHKのTVドキュメンタリー番組・『プロジェクトX』の中でも傑作のひとつ、


〝窓際族が世界規格を作った ~VHS・執念の逆転劇〟


私は、(当然のことながらVHSで録画した)同番組のビデオテープを今でも大事に保管しています。(


        


同業他社に試作機を無条件で貸し出すという思い切った策に出てVHSを日本初の国際基準に押し上げた高野氏が、副社長退任記念パーティーで


「ぜひ皆さん、何でもいいですから夢中になってください。」


と挨拶する場面。

<そしてその2年後ガンで亡くなられた葬儀当日、社員全員が見送るビクター横浜工場を、高野氏の遺体を乗せた霊柩車がクラクションを鳴らしながら、静かに通り過ぎる場面。


・・・何回観ても、泣けます。

※お時間のある方は、同番組をこちらでご覧ください。(↓)

      https://www.youtube.com/watch?v=2CbfYlHpv0k


しかしそのビデオレコーダーも、今やすっかりDVD・ブルーレイに取って代わられてしまいました。うー

技術開発の進歩は、本当に早いものですネ。

きっと幸之助翁も高野氏も、天国で驚いていることでしょう。




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今時の若者には、「VHSって、何?」 って言われちゃうかもしれませんネ。

だって、もうビデオテープ・レコーダーがないご家庭も多いでしょうから・・・。

中高年の方なら殆どの方が、その昔家庭用ビデオレコーダーの規格争い・・・いわゆる〝VHS vs β〟戦争があったことをご記憶だと思います。


当初ソニーが各社に規格統一を呼びかけ、先行してベータマックスを開発。 

録画時間60分の小型カセットを開発して1975年に発表・発売。

それに対抗する形で、日本ビクターが今からちょうど40年前の今日・1976(昭和51)年10月31日に発売したのが

 VHSビデオレコーダー HR-3300

でした。(


        

発売当時の価格が256,000円、更に別売の留守録用の専用取り付けタイマーが1万円でしたから、現在なら50万円近い高価な電化製品。


VHS (当初は “Vertical Helical Scanの略称だっものの、後に“Video Home Systemの略称として再定義) の特徴としては、ビデオテープのカセットサイズがβよりも大きかったものの、録画時間が倍の120分だったこと。


当初はソニーが陣頭指揮を執るβ方式が先行していましたが、ビクター・高野鎭雄氏が中心となって(会社上層部に対して秘密裏に)開発を進めたVHS方式が追い上げる展開に。


各メーカーが両陣営に分かれ発売・開発が進められましたが・・・1975年9月3日、〝経営の神様〟・松下幸之助翁が試作品を見て発した


「βは100点満点、しかしVHSは150点満点」


という鶴の一声(?)で、業界最大手の松下電器がVHS方式採用を決定。


それ以降は徐々にVHS陣営が巻き返し、1980年には国内生産比率が逆転、85年にはVHSが実質的な世界基準となったのです。


※幸之助翁がVHSを評価したのは、部品点数が少なく軽かったことが決め手だったといわれています。 

「お客様が買って自分の手で持ち帰り、すぐにビデオを観られなアカン。」
・・・さすがは『経営の神様』の発想ですネ。


この家電業界の伝説ともいえる10年間にわたるビデオ競争に関して詳しく知りたい方には、この書籍をお勧めします。

『映像メディアの世紀』 (佐藤正明・著 日経BP社・刊)


        

またビクター・高野氏の開発秘話に関しては、西田敏行さんが同氏を演じた映画 『陽はまた昇る』(2002年公開)があります。

しかし私がこのビデオ戦争に関連して一番感動したのは、NHKのTVドキュメンタリー番組・『プロジェクトX』の中でも傑作のひとつ、


〝窓際族が世界規格を作った ~VHS・執念の逆転劇〟


私は、(当然のことながらVHSで録画した)同番組のビデオテープを今でも大事に保管しています。(


        


同業他社に試作機を無条件で貸し出すという思い切った策に出てVHSを日本初の国際基準に押し上げた高野氏が、副社長退任記念パーティーで


「ぜひ皆さん、何でもいいですから夢中になってください。」


と挨拶する場面。

そしてその2年後ガンで亡くなられた葬儀当日、社員全員が見送るビクター横浜工場を、高野氏の遺体を乗せた霊柩車がクラクションを鳴らしながら、静かに通り過ぎる場面。


・・・何回観ても、泣けます。

※お時間のある方は、同番組をこちらでご覧ください。(↓)

      https://www.youtube.com/watch?v=2CbfYlHpv0k

しかしそのビデオレコーダーも、今やすっかりDVD・ブルーレイに取って代わられてしまいました。うー

技術開発の進歩は、本当に早いものですネ。

きっと幸之助翁も高野氏も、天国で驚いていることでしょう。




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コメント
コメント
観させてもらいました。感動的でした。

おっしゃる通り時代の変遷はすごいです。世の中が変わるのは当たり前のことですが、その変わるスピードが速い。凡人にはこの先どうなるのかさえ分かりません。

いいものを有難うございました。

2016/10/31(月) 16:56:34 | URL | ミドリノマッキー #- [ 編集 ]
Re: タイトルなし
ミドリノマッキーさん

>観させてもらいました。感動的でした。
> おっしゃる通り時代の変遷はすごいです。世の中が変わるのは当たり前のことですが、その変わるスピードが速い。凡人にはこの先どうなるのかさえ分かりません。

ご鑑賞いただき、ありがとうございます。
いつの時代になっても、命がけで仕事に取り組む姿勢には感動させられますょネ。
でもそんな必死な思いで開発した技術も、30年も経てば使われなくなる現実にも、一抹の寂しさを感じますが・・・。(´_`;

2016/11/01(火) 07:13:55 | URL | ナベちゃん #- [ 編集 ]
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