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間 諜

平和な日本に暮らす私たちにとって、その存在はあまり身近ではない〝スパイ〟。

しかし、20世紀最大のスパイ事件といわれる在日赤色諜報団事件・・・俗に言う

 ゾルゲ事件

は、日本で起きました。 


その首謀者であったフリードリヒ・アドルフ・ゾルゲ(Friedrich Richard Sorgeが逮捕されたのが、今から75年前の今日・1941(昭和16)年10月18日・・・真珠湾攻撃の僅か50日程前のことでした。


           


ゾルゲは1895年、ドイツ人鉱山技師の父とロシア人の母の間に、旧ソ連・アゼルバイジャン共和国の首都バクーで生まれました。

大叔父がカール・マルクスの秘書だったという彼は、
3歳の時ベルリンに移住してベルリン大学に学ぶと、第一次世界大戦時はドイツ陸軍に志願。

戦地で重傷を負い入院中、キース大学に通う従軍看護婦から社会学理論を聞かされた彼は、1917年のロシア革命に衝撃を受け、一気に左傾化。

1919年のドイツ共産党結党時に入党すると、1924年にはソ連共産党に入党するためモスクワに派遣され、軍事諜報部門の労農赤軍参謀本部第4局に入局。
1930年に上海に派遣されたゾルゲは、同地で朝日新聞記者の尾崎秀美(ほつみ)らと出会い、中国での情報収集に従事。




           

更に1933年にはドイツ紙の新聞記者として来日して尾崎らと共にスパイ活動を行い、日本政府の国家機密や軍事情報、更には日本と同盟関係にあった在日ドイツ大使館からドイツ軍のソ連侵攻作戦の極秘情報を入手し、ソ連に送信・・・戦局に少なからぬ影響を及ぼしました。

しかし日本の特高ら捜査当局も彼らの動きを注視しており、アメリカ共産党員だった北林トモ夫妻を1941年9月27日に逮捕したのを皮切りに、彼らの自供によりゾルゲや尾崎がスパイであることが判明。

同年10月14日に尾崎の、そして18日に首謀者のゾルゲ逮捕に至ったのです。

逮捕者数は35名(日本人・31名・外国人4名)に及び、関係者の中には衆院議員の犬養健や近衛内閣の嘱託・西園寺公一、中には皇族まで含まれていました。

つまり政府内の情報は、ほぼ筒抜けだったと言っていいでしょう。

滑稽というか間抜けだったのは、ゾルゲを信頼し切って自ら対ソ連情報を漏らしたドイツのオット駐日大使が、外交ルートを使って彼の釈放を強く求めましたが、面会をした際にゾルゲ本人からソ連のスパイだったと聞かされ、愕然としたこと。

まぁ逆にいえば、それだけゾルゲのスパイ戦術は巧妙だったということでしょう。

裁判では逮捕者の内17名が懲役など有罪判決を受け、死刑判決を受けた首謀者のゾルゲと尾崎は1944年11月7日(※ロシア革命記念日)に刑が執行されました。

この事件に関してはさまざまな書籍が刊行されていますが、最新の情報を織り込んだものとしては、こちらをオススメします。


『ゾルゲ事件 覆された神話 (加藤哲郎・著 平凡社新書・刊)


       

このようなスパイは、現在でも世界各国に存在しているはず。

戦時中は国防保安法・治安維持法等に基づき特高などが捜査していましたが、現在の我が国ではそれらの法律は廃止され更にはスパイ防止法もなく、まさに海外のスパイからすれば天国。

そんな無防備状態の日本に移民や難民受け入れを表明する政治家がいることに、私は愕然とします。

オリンピック開催時、選手団の大会役員や選手を装ってスパイが送り込まれるのが世界の常識なのに、このままで2020年に東京で開催して大丈夫なのか? とさえ思います。

ちなみにゾルゲがスパイであることをソ連は当初頑なに否定していましたが、1964年に一転して彼に対し『ソ連邦英雄勲章』を授与し、翌年には顕彰切手まで発行しました。


一方東京・多磨霊園には、スパイとして死刑を受けたゾルゲの立派な墓があります。

・・・こんなお人好し国家のままで良いのでしょうか? 日本は。うー




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