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参謀総長

個人的には、今まで観た映画の中で間違いなくベスト10に入る映画、『プライベート・ライアン』(1998年公開)。

この作品の冒頭で、4人兄弟の内3人が立て続けに戦死したことを知って、末弟を戦地から国元で待つ母親に帰すよう指示を出し、ラストではその母親にリンカーンの言葉を引用した手紙を出したのが、


 ジョージ・キャトレット・マーシャル 

    George Catlett Marshall



一般的には、『マーシャル・プラン』 の提唱者として知られていますが、今日はこの第二次世界大戦中アメリカ軍の最高幹部・参謀総長を務めながら、後にノーベル平和賞を受賞した軍人・政治家の命日にあたります。


マーシャル氏は1880年、ペンシルバニア州に生まれました。

1901年にヴァージニア軍事大学を卒業して陸軍入り。

6年後少佐に昇進すると第一次世界大戦下のフランスに派遣され、翌1918年にはヨーロッパ派遣軍最高司令部勤務となり、作戦計画担当参謀として活躍。

翌年には大佐に昇進し、ジョン・パーシング総司令官の副官に。

その後陸軍省勤務となって国防大学の教官や中国駐在も経験すると同時に順調な出世を果たし、1936年には准将に昇進。

そして第二次世界大戦が勃発すると、フランクリン・ルーズベルト大統領から第15代陸軍参謀総長に指名され、大将となります。

ヨーロッパ侵攻作戦計画を立案・指揮して戦果を挙げ、1943年にはTIME誌の〝Man of the year 〟に選出されると、翌年には元帥に。

アメリカ軍に於いて、ウェストポイント(陸軍士官学校)出身でない軍人がここまで出世することは、異例中の異例・・・相当に優秀な人材であったことが分かります。


        

終戦後退役すると、トルーマン大統領から中国全権大使に任命され、着任。

国民党・共産党の覇権争いに対するアメリカの施策に大きな影響を及ぼします。

また1947年には国務長官に就任し、同年6月にハーバード大学の卒業式で講演した際に〝
マーシャルプラン〟を発表。

これは第二次世界大戦で疲弊したヨーロッパに対してアメリカが大規模な援助を行うという 『欧州復興計画』 の提唱でした。


これを受けて西欧16ヶ国は共同で復興4ヶ年計画をアメリカに提示し、援助を受けることに。
一方のアメリカは、欧州の復興に手を貸すと同時に自国の民間企業に巨大な欧州市場を提供。

東西の対立を助長した側面はあるものの、この計画の旗振り役として1953年にノーベル平和賞を受賞した彼は、それから6年後の1959年10月16日に、78歳で死去。


まさにエリート中のエリートだった彼はプライドも非常に高かったそうで、閣僚にさえ自分をファースト・ネームで呼ばせなかったそうな。

ある時トルーマン大統領に、

「ジョージと呼んでいいかい?」

と問われても、彼は毅然として

「いいえ、マーシャル将軍とお呼び下さい。」

と答えたそうな。驚き顔 


ここまで行くと、ご立派としか言いようがありません。

しかし彼は太平洋戦争終戦間際、マッカーサー南西太平洋方面司令長官やニミッツ提督が反対する中、日本に対する本土上陸やソ連参戦に賛成したそうですから、日本人の私は彼の冥福を素直には祈れませんが・・・。うー




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