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machine

3月4日の語呂合わせということで、今日は

 ミシンの日


なのだそうな。

ミシンは英語で本来 “sawing machine ( 裁縫機械)” と言いますが、そのマシンの部分が訛ったもの。

マシンがミシンなら沢山の機械をミシンと呼びそうなものですが、裁縫機械のことだけを指すのは不思議な気もします。

まぁ、そのおかげで記念日の制定に繋がったわけですが・・・。

このミシンのルーツは、1589年にイギリスのウィリアム・リーが編み機を発明したことに端を発します。


1790年にやはりイギリスのトーマス・セイントが初めてミシンの特許を取得。


1810年にドイツのB・クレムスが針の先に穴を開けた近代ミシンの基礎を開発し、その20年後にアメリカのウォーター・ハントが現在と同じ構造のミシンを考案。

更に1850年、I・M・シンガーが現在とほぼ同じ構造のミシンの発明に成功。 
翌年に特許を取って彼が作った会社が後のシンガー社。


そしてこの画期的な機械を日本に初めて持ち込んだのは、あのペリーだといわれています。


1854年に彼が2度目の来航をした時、将軍家に献上したとのこと。

日本人で初めてミシンを使ったのは、あの篤姫なのだそうな。


またこの6年後の1860年には、ジョン万次郎がアメリカからミシンを持ち帰ってもいます。

明治維新以降、冒頭のマシンが訛ってミシンになったようですが、西南戦争での軍服や文明開化による洋装の普及により、ミシンの需要も増していきました。

そして輸入品の修理などからノウハウを蓄え国産ミシンが登場するのは、ペリー来航から30年近く経った時。

しかしその性能は輸入品には及ばなかったそうで、その品質向上に執念を燃やしたのが安井正義・寛一兄弟。

彼らが開発した故障知らずの国産ミシンは大評判となり、量産体制に入るため1934(昭和9)年設立されたのが日本ミシン製造株式会社・・・これが現在のブラザー工業株式会社の前身でした。


終戦後、繊維製品が貴重な輸出品となったこともあり、ミシン産業は発達。

一昔前は嫁入り道具のひとつだったとか。


私が子供の頃、オフクロが毎日のように使っていたミシンは、こういう足踏み式でした。(


        

毎晩、背中を丸めてキコキコとペダルを踏みながら繕いものをしていたオフクロの後姿・・・今となれば懐かしい限り。

いつしかミシンは電動化し、最近の者はマイコン内蔵のハイテク・マシンに様変わりしているようですが、皆さんのご家庭では普段ミシンをお使いですか?

正直、使っているお母さんは殆どいないのでは?


今時の子供の着ている洋服を見ると、ブランド品ばかり・・・私が子供の時のように膝やひじに当て布している子なんて、まず見かけませんし。


ウチの女王様も電子ミシンを持っていますが、使っているのを見たことがありません。

もう完全に箪笥ならぬ押し入れのコヤシとなっています。うー

昔の足踏みミシンは、今でも電力が不安定な発展途上国では重宝がられているそうな。

私たち日本人も、今一度もったいない精神に立ち返ってミシンを見直すべきかもしれませんネ。







    

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