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ミステリー

いわゆる〝2時間ドラマ〟の原作は、おそらくこの方の作品が一番多いのではないでしょうか?

今日は、その原作者にして〝日本のアガサ・クリスティー〟とも言われた

 山村 美紗 さん



の命日・没後20周年にあたります。


美紗さんは1931(昭和6)年、父親が朝鮮総督府にあった京城法学専門学校の校長を務めていた関係で現在のソウルに生まれ育ちました。

帰国して1953年に京都府立大学女子短大を卒業し国語の教師をしていたそうですが、1970年に 『京城の死』 で江戸川乱歩賞の、そして翌年には 『死体はクーラーが好き』 で小説サンデー毎日新人賞に連続してノミネートされたことで、ブロ作家としてデビュー。

以降、
長・短編合わせて200前後の作品を書き上げました。

        

ご自身が華道・茶道の師範免状や日舞の名取を持っていたことから、多くのストーリーの舞台として登場しており、またその作品の多くがTVドラマ化されていることでも有名。

個人的には、商売柄 『赤い霊柩車』 シリーズを何回か観ました。

(赤い霊柩車なんて、有り得ないだろう)

と思って調べたら、なんと富山県に実在すると知って、ビックリしたものです。驚き顔


そして彼女原作のドラマには、必ず娘の女優・紅葉さんが出演していますが、これはドラマ化する際に必ず娘を出演させることが条件だったからだとか。

彼女が作品を書き続けたのは、その紅葉さんに女優業を続けさせるため。

人に頭を下げるのが大嫌いだった美紗さんが、俳優さんやテレビ局のディレクターに 「娘をよろしく」 と頭を下げ続けたとか・・・嗚呼、まさに母の愛ですネ。

そんな美紗さんが65歳で亡くなったのは、1996年9月16日。

帝国ホテルの一室で執筆中の原稿用紙の上に突っ伏したまま、息絶えていたそうな。

まさに作家らしい最期でした。

さて、美紗さんに関して外せないのが、これまた日本のミステリー小説の第一人者・西村京太郎氏との関係。

その昔、まだ売れっ子になる前の西村氏に彼女がファンレターを送ったそうな。

西村氏にとって、それが初めてもらったファンレターだったこともあり、西村氏が京都に彼女を訪ねて以降交際が始まったとか。

当初西村氏は美紗さんが独身だと思っていて彼女にプロポーズしたそうですが、既にご主人や娘がいたことで断られた・・・って当たり前ですょネ。

しかしその後も美紗さんのご主人を除いて(?)家族ぐるみの付き合いが続きます。

それどころか、2人は共同で京都のかつて旅館だった建物を共同購入。

        

ここで山村一家が本館、西村氏が別館に住むことに。

2棟は渡り廊下でつながっていましたが、美紗さんは自由に西村側に行けたのに、西村氏は山村家には行けない構造になっていたとか。

更に美紗さんには秘密のプライベート・ルームがあり、防犯対策のため4枚の扉全てに暗証番号キーが取り付けられ、家族でさえも出入りはできなかったそうな。

故に彼女が急逝した際には紅葉さんにも開けることが出来ず、ドアを壊して入ることが出来たといいます。

そこまでして守った美紗さんの秘密とは、何だったのでしょうか?

彼女が遺した最大のミステリー・・・それは〝山村美紗の私生活〟かもしれません。あせあせ

あらためて〝ミステリーの女王〟のご冥福をお祈り致します。

 


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