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着 地

リオ五輪の男子体操で、内村航平選手が大逆転で44年ぶりの個人総合2連覇を果たしました。

最後の種目・鉄棒での素晴らしい演技を観て鳥肌が立った日本人は、たくさんいらっしゃったことでしょう。

実は私、あの完璧な着地を観た瞬間、ある体操選手の姿がフラッシュバックしたんです。

それは、44年前のミュンヘン五輪で個人総合2連覇を果たした、

 加藤 澤男 選手

の演技・・・といっても、それはミュンヘンの一つ前、1968年に開催されたメキシコ五輪でのもの。

1946(昭和21)年に新潟県五泉市で生まれた加藤選手、メキシコ五輪の代表選手に選ばれた時は東京教育大学(現・筑波大学)の4年生でした。

体操選手の中でも小柄で地味な存在でしたが、つま先までビンッと伸ばした美しい演技は後の体操選手のお手本となるほど。

当時の日本男子体操は、1960年ローマ大会・1964年東京大会と団体2連覇を果たし、メキシコでは国民の期待に見事応えて3連覇を達成し、体操ニッポンの名を世界に轟かせました。


         

           メキシコ五輪で吊り輪の演技をする加藤選手

そして個人総合でも、加藤選手が初優勝を狙ったのですが・・・今回の内村選手と同じく、加藤選手はソ連のボローニン選手と大接戦。

しかし最終の〝床〟で9.85以上を出さないと優勝できないという、厳しい状況に追い込まれます。

当時の体操は10点満点で、1976年のモントリオール五輪でコマネチ選手が10点を出すまでは前例なし。

つまり9.85以上というのは、殆ど完璧な演技をしなければならないということ。

実際ボローニン選手の最後の〝あん馬〟は9.50。

この絶体絶命・土壇場の状況下、加藤選手は持ち前の美しい演技行い、最後の着地は微動だにせず・・・まるで床に足が突き刺さったようにすら見えました。

その映像をネット上で探したんですが、残念ながら見つからず・・・しかしその着地の場面を自宅の白黒テレビで観た私は当時9歳でしたが、未だにその映像は鮮明に記憶しています。

昔、先代・貴ノ花が

「(相撲は)強いヤツが勝つんじゃない。 勝ったヤツが強いんだ。」


という名台詞を残しましたが、加藤・内村両選手の最終演技を見ると、この言葉に納得せざるを得ません。

そしてこの加藤選手は、内村選手の今回の快挙にも大きく関わっているんです。

実は内村選手、当初は床や跳馬など好きな種目しか熱心に練習しない、いわゆるスペシャリスだったそうな。

ところが彼が大学1年の時に参加したユニバーシアード大会の合宿で、加藤氏から


「世界一になる選手は、世界一練習しているんだ」
「体操は全6種目をやってこそ。 個人総合は体操の出発点。」

と言われて奮起。 それからオールラウンダーとしての自覚を持ち、猛練習に励んだのだそうな。

もし加藤氏との出会いやアドバイスがなかったら、今の内村選手はいなかったかもしれないんです。

加藤氏はまさに体操ニッポンの屋台骨を支え、また新たなる伝説を呼び込んだ体操界のレジェンドなのです。


加藤氏がオリンピック3大会出場で獲得した金メダルは8個。
これは日本選手歴代最高であり、世界歴代でも9位タイ。

そして1999年に国際スポーツ記者協会が選出した 『20世紀を゛体表する25選手』 にカール・ルイス、ペレ、ナディア・コマネチらと共に日本人選手として唯一選出されているのです。

つまり彼は、世界で認められたトップ・アスリートということ。

もし今後内村選手に国民栄誉賞授与の話が出たならば、個人的には是非加藤選手にも授与されるべきだと思うのですが、いかがでしょうか?


かつて長嶋茂雄氏と松井秀喜氏の師弟コンビが同時受賞したように・・・。扇子




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