FC2ブログ
間奏曲
よくお笑いの世界には、〝一発屋〟といわれる芸人が登場します。

面白いワンフレーズをテレビで取り上げられ華々しい活躍をしたものの、その後は鳴かず飛ばずでいつの間にか消えていく・・・しかし、それは芸能界だけではなくクラシック音楽の世界にも存在します。

その代表例(?)と言えるのが、

 ピエトロ・マスカーニ

   Pietro Mascagni


今日は、このイタリアの生んだオペラ作曲家・指揮者の命日にあたります。

         

マスカーニは1863年にバン屋の息子としてフィレンツェに近い港町・リヴォルノに生まれました。

父親は法律を学ばせようとしましたが、彼自身は早くから音楽に強い関心を示し、伯父の応援を得て地元の音楽院に入学。

10代後半で交響曲やオペラを作曲して頭角を現すと、19歳の時にミラノ音楽院に移り、ここでオペラの鬼才・プッチーニと共に学びました。

しかし僅か2年で中退し、旅回り歌劇団の指揮者に。

その後チェリニョーラの音楽学校の教師となった彼は、1890年にローマの楽譜出版社・ソナンゾーニョが主催した一幕歌劇のコンクールに応募。

これが見事入選し、翌年ローマで初演されるや大ヒット!
一躍彼の名は有名作曲家の仲間入りを果たしました。

後にイタリアの新しい歌劇様式・・・ヴェリズモ・オペラの代表作となるその曲こそ、

〝カヴァレリア・ルスティカーナ〟
    Cavalleria Rusticana

        

上の画像は、1965年に録音されたH・V・カラヤン指揮=ミラノ・スカラ座管弦楽団による名演CDですが、一般的に有名なのは、このオペラの間奏曲。

しかし華々しく音楽界に登場し、1895年にはロッシーニ音楽院の院長にも就任したマスカーニでしたが、あまりにこの曲の評価が高かったため、その後いくつかのオペラ作品などを発表したものの出世作を超える評価は得られませんでした。

本人自身の指揮による録音は残っているものの、現在は他の曲の演奏はほとんど録音されていません。

それに焦ったのか、彼はファシスト党政権が誕生するとスカラ座監督の座を狙ってムッソリーニに接近。

しかしイタリアが第二次世界大戦に敗れ降伏すると、彼は全財産を没収され・・・失意の中、1945年8月2日にローマのホテルで81歳の生涯を閉じました。

一発屋と言っては失礼かもしれませんが、第一作目のオペラの、しかも間奏曲だけでその名を音楽界に残しているのは、ある意味凄いことかも。

私もこの曲は大好きですが、なんと言ってもあの名作映画 『ゴッドファーザー Part Ⅲ 』(1990年) のラスト・シーンで使われているのが秀逸。

アル・バチーノ演ずるマイケル・コルレオーネが愛娘を射殺された場面から、彼の人生を回顧し最後は崩れるように亡くなるシーンのBGMとして流れる切ないメロディー・・・何度観てもグッときてしまいます。

それではマスカーニの冥福を祈りつつ、その場面をご覧ください。笑3



                            人気ブログランキング

スポンサーサイト



コメント
コメント
コメントの投稿
URL:
本文:
パスワード:
非公開コメント: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
トラックバック URL
トラックバック