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超絶技巧


私のようなド素人が言うのはおこがましいのですが、ピアノを弾く者にとって最も憧れる作曲家といえば・・・ショパンと、そしてもう一人、


 フランツ・リスト

  Franz Liszt


ではないでしょうか?


今日は、この人類史上最高のピアニストといわれる天才音楽家の命日・没後130周年にあたります。


1811年にハンガリーで生まれたリストですが、血統的にはゲルマン(ドイツ)民族で、家庭内でもドイツ語を話していたとか。


オーストリア系ハンガリー人の父親の手ほどきにより早くから音楽の才能を発揮したリストは、10歳前には既にリサイタルを開催。

そして11歳頃にはベートーベンの弟子・ツェルニーに学び、12歳の時に開いたウィーンでの演奏会にはベートーベン本人が訪れ、彼の演奏を絶賛したと伝えられています。


15歳で父親を亡くしたため、ピアノ教師として一家を支えたリスト・・・そのテクニックは当代随一と謳われ、(ショパンのエチュード op.10を除いて)全て〝初見〟で弾きこなしたという、信じられない逸話を残しています。


華麗なテクニックを惜しみなく披露した演奏会では、失神する聴衆が続出。


そりゃあ、彼の風貌を見れば超ハンサム・・・この顔立ちで華麗な演奏とくれば、当時の人気がいかに凄まじかったか、容易に想像できます。


         ウォームハート 葬儀屋ナベちゃんの徒然草-Franz Liszt


当然の如く、女性にはモテモテ・・・恋愛遍歴もなかなかのものだったようです。


教え子であった伯爵令嬢との恋は、身分の違いから破局。


その後マリー・タグー伯爵夫人と不倫関係に陥り、スイスでの10年間の同棲生活の間に3人の子供を設けます。

(※次女は、彼の弟子・ビューロー、そして後にワーグナーの妻となったコージマ。)


彼女と別れた後も、演奏旅行途上で知り合った別の伯爵夫人と同棲生活を送り、結婚を望んだものの結局は果たせず修道院入り・・・以降の彼は演奏会などの公の場には、常に黒衣の神父姿で現れたとか。


芸術家の人生は、恋多き・・・というか、一筋縄ではないですネ。あせあせ


ベルリオーズ、ショパン、シューマンらと親交が深く、またハンス・フォン・ビューローら多くの弟子を育て、ピアノ曲はもちろん 『交響詩』 を創出し作曲家としても活躍。


しかし晩年は気管支炎や虚血性心疾患、鬱病に苦しめられたリスト・・・74歳で心筋梗塞により息を引き取ったのは1886年7月31日。


バイロイト音楽祭で次女・コージマが演出したワーグナーの 『トリスタンとイゾルデ』 を見た数日後だったとのこと。


『超絶技巧練習曲』と名づけられる程、恐ろしく難しいピアノ曲ばかりの彼の作品を1曲でも弾きこなせれば、素人の私は十分満足なのですが・・・とてもその望みは叶えられそうにありません。


CDを聴いて楽しむだけですが、殆ど譜面も鍵盤も見ずに自由自在に即興で弾きこなしたというリストの演奏・・・映像で観られないのが本当に残念。


それでは最後に、我が敬愛するホロヴィッツのウィーン・コンサートから『コンソレーション第3番』を、〝ピアノの魔術師〟の冥福を祈りつつお聴きください。笑3




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