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流 行

・・・といっても、ファッションの話ではありません。

今からちょうど100年前の今日・1916(大正5)年7月27日、神戸から乗船した大阪商船所有・ハワイ丸の三等船客の女性が急に吐き気を催しました。

細菌検査の結果、4日後に真性コレラと判明。

これが我が国における最後の大規模コレラ流行の始まりでした。

30日に1人、翌日には4人の疑似患者が発生し、船客付のボーイが保菌者と判明。

その後同船内から47人の患者が発生し、7人が死亡。

同船は8月10にアメリカに向け出港したものの、湾内に患者の排便が廃棄されたため、その日に横浜市内でも患者が発生。

その後も東京・千葉に患者は拡大。

またこれとは別に、長崎港から各港を経由して8月10日に大阪港に入った新敬真丸の乗組員が発病し、船客13名から疑似コレラ菌が検出されましたが、やはり彼らの便が湾内に投棄されたため、その後大阪市内では1,000名以上の患者が発生。

両船とも長崎港から出ており、長崎市内でも患者が発見されたため、この流行の発生源は長崎市と推定されますが、この流行は翌年2月まで続き、全国の患者数は10,371名、内死者6,260名以上・・・死亡率60%以上という猛威を振るいました。

        

コレラ菌は、1854年にイタリア人医師フィリッポ・パチーニが発見し、その30年後コッホによって病原体として確認されました。

コレラ菌は200種類以上発見されていますが、その中で毒素を発生させ伝染するのはO1型(アジア型・エルトール型)とO139型の2種。

主として河川や海などの水中に生息する菌が、魚介類を介して人間に経口的に感染し腸内で増殖するとのこと。

潜伏期間は早ければ数時間、通常は2~5日以内で発症し、突然1日2~30回の下痢に襲われるそうです。

低体温になり、急速な脱水症状によって皮膚が乾燥し手に老人のような皺が出て、筋肉の痙攣・虚脱を起こし、死に至る恐ろしい病気。

治療しないと、死亡率はアジア型で約80%近く(※エルトール型で10%以下)に上ります。

コレラ菌の伝染力は非常に強く、過去に世界的な大流行は7回に及び、直近では2009年1月にもジンバブエでは死者3,000名以上に達する流行が。

日本でも異国船の往来が頻繁になった1858(安政5)年以降、数回の大流行が記録に残っています。

江戸時代は人の行き来が徒歩か馬だったためにそれ程の広がりはなく、九州・西日本で広がった流行も、箱根の関所で止まったとか。

とは言え、明治時代にコレラによる死者は累計約37万人・・・これは、日清・日露戦争での戦死者を遥かに凌ぎます。

医療技術が進歩したとはいえ、その後も世界各地では中国や東南アジアでは大流行の歴史があり、1992年にはインド・バングラデシュ、2009年にはジンバブエ、2010年にはハイチでも流行が発生しています。

また日本でも、小規模とはいえ1991年には千葉県内で患者が発見され、2000年・2006年とホームレスの患者が発生していますから、油断は禁物。

国内ではまず考えられませんが、やはり海外渡航される方は要注意。

やはり基本は安全な食べ物と(生)水に注意を払い、頻繁に手を洗うことが予防に欠かせません。

もしそれでも強烈な下痢に襲われた方で米の研ぎ汁のような白い便が出たら、要注意ですョ!うー



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