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満 点


今からちょうど40年前の今日、世界をアッと驚かせる出来事がカナダで起きました。


モントリオール・オリンピックの女子体操競技で、ルーマニアの天才少女、


 ナディア・エレーナ・コマネチ


    Nadia Elena Comaneci


が、史上初の〝10点満点〟を出したのです。 

それも1度ならず、大会を通じてなんと7回も!


ルーマニアの独裁者・チャウシェスク大統領の号令により、国家プロジェクトとして全国から優秀な体操選手の卵が名コーチ・コロリー氏の許に26名集められたのですが、その1人に選ばれたのが当時6歳のコマネチでした。


英才教育を受けた彼女はメキメキ頭角を現し、9歳で国内ジュニア選手権を制覇。 そしてオリンピック前年にはヨーロッパ体操選手権で優勝を果たします。


1960年代までの女子体操界は〝チェコの華〟ベラ・チャフラフスカに代表されるように、大人の女性によるエレガントな表現力が重要視されていました。


しかし1972年のミュンヘン・オリンピックあたりからは10代の少女によるアクロバティックな体操=難易度を競うスタイルが主流に。


当時はソ連チームがダントツの強さを誇り、モントリオール五輪でも〝ミュンヘンの恋人〟といわれたオルガ・コルブトを筆頭に金メダルは確実といわれていました。


ところが、そこに新星の如く現れたのが弱冠14歳のコマネチ。


高い難易度の技をミスもなく、かつ優雅に演じたのです。

        

先に演技を終えたソ連チームに高得点を与えてしまったがためとはいえ、10点満点はいわゆるパーフェクト・・・得点掲示板には9.99までしか表示できず、彼女の得点が〝1.00〟と出た瞬間、会場は大興奮に包まれました。


このシーン、まざまざと目に焼きついています。(


          

全く予想外の展開にコルブトの演技はガタガタになり、金メダルは団体総合の1個のみ・・・一方のコマネチは金3・銀1・銅1のメダルを獲得、一躍世界的大スターとなりました。


続くモスクワ五輪でも金・銀各2のメデルを獲得したコマネチでしたが、その後大統領の次男から愛人関係を迫られ、それを逃れるためにアメリカに亡命

(※その僅か1ヵ月後、チャウシェスク政権は崩壊。)


その後、私はビートたけしのギャグでしか彼女の名前を聞くことがありませんでしたが、亡命後アメリカの元体操選手と結婚して一児のママになった彼女は、2016年オリンピック開催候補地・シカゴの応援団の一員としてマスメディアの前に姿を見せてくれました。

また2011年には来日して、たけし師匠との対面が実現。
夢(?)の〝コマネチ〟協演が果たされました。


        

そし現在の彼女は、チャリティー活動を精力的に行っているとのこと。


子供の頃から権力者の我侭によって人生を翻弄されてきた彼女が再び輝きを取り戻し、美しく年齢を重ねた姿を目にするのは、妖精時代を知っている私にとっても嬉しい限りです。

現在54歳になった彼女の、今後ますますの活躍を祈りましょう。笑2


         
       


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