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没 収


学校の授業で、これを習った記憶のある方は多い事でしょう。


豊臣秀吉が天下統一を果たす前後に実行した大きな政策に、『太閤検地』 というものがありました。


そしてもうひとつ・・・今か428年前の今日・1588(天正16)年7月8日に布告したのが


 刀狩令


これは読んで字の如く、武士以外の農民・僧侶などから刀剣等の武器を没収し所有を放棄させること。

現存する史料上では、鎌倉時代の1228年に第2代執権・北条泰時が高野山の僧侶に対して行ったのが最初だそうですな。

以後も数回布告されているようですが、大規模かつ全国的に布告したのは秀吉が最初といって良いでしょう。


       

その中身は、

 ◆ 農民の刀・脇差・弓・槍・鉄砲(!)の所有禁止
 ◆ 農具だけをもって耕作に励めば子々孫々まで無事に暮らせる

という、高圧的なもの。 しかも刀狩をする理由が

〝方広寺大仏殿の釘にする〟

ためだというのですから、ある意味無茶苦茶・・・いや、戦時中に武器・銃弾製造のために殆ど全ての金属類を供出された日本軍よりは平和的ともいえますか。

   
           刀狩令(早稲田大学図書館・蔵)  

しかし実際には、刀以外の武器所有を禁じなかったとか。

あくまでこの政令の主目的は、当時まだ判然としていなかった身分制度を明確化するために〝兵農分離〟を図り、その意識を農民らに植え付けるためだったようです。

文字通り国民が所有する武器を半ば強制的に没収したのは、敗戦後乗り込んできた連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)。

1946(昭和21)年に鉄砲等所持禁止令が施行され、狩猟・射撃競技用以外の銃器類と、美術品以外の日本刀を所持できないようにしたのです。

しかし従順というか弱気というか、施行当時は

「GHQが金属探知機を使って探しにくる」

という流言飛語が飛び交い、本来は美術品である名刀の類も自ら差し出した収集家も多数いたとか。

これにより全国から約300万もの刀剣が没収・・・つまり昭和前期には、3軒に1軒が刀を所有していたといいますから、驚き。 驚き顔

その後1958(昭和33)年に 『銃砲刀剣類所持等取締法』 いわゆる銃刀法が施行され、許可なく鉄砲類や刃渡り15cm以上の刀、同5.5cmの剣・あいくちの所有は禁じられましたから、安土桃山時代や戦前より遥かに国内の家庭から武器は姿を消すことに。

まぁおかげで日本国内の凶悪犯罪は他国に比べて少ないんでしょうが・・・不思議なのは、アメリカ。

戦勝国として日本国内では厳しく取り締まったのに、なぜ母国で銃器類を野放しにするんでしょう。

すぐ〝ライフル・ピストル狩り〟すればいいのに・・・。うー

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